大濱眞さんを偲んで
2026年05月11日 お知らせ

「熊本市で重度の仲間が、介助時間数が足らないと困っている。政令市にもなっているのに何とかならないのか」と、厳しくも仲間を思う熱い思いの電話を大濱さんからいただいたのは、10年ほど前だったと記憶しています。
熊本市では、その頃まだ重度訪問介護による24時間介助サービスがスタートしていませんでした。早速、ヒューマンネットワーク熊本の事務局に問い合わせたところ、既に対応している方のことでしたが、なかなか行政の壁は突き破ることができないでいました。
そのときから、DPIの常任委員でもある大濱さんは、同じ困難に直面する仲間のために、八面六臂で全国的に取り組まれる尊敬すべき大先輩だと認識してきました。その大濱さんが、障害者権利条約の求めるインクルーシブ社会が日本で実現するのを見ずに旅立たれたことを心から残念に思います。
2026年4月28日(火)に、全社協灘尾ホールにおいて「大濱眞さんお別れの会」が開かれました。政界や医療界からのたくさんの方々が、お別れの言葉を述べられる中、DPIの活動では見えなかった大濱さんのもう一つの取り組みを知りました。
頚髄損傷を受傷された後、日常生活や社会参加を可能にするための介助サービスの実現に奔走されてこられた一方、大濱さんは、再生医療への希望や可能性に多くのエネルギーを費やし、そのための人脈を幅広く構築され、「日本せきずい基金」の理事長を務められていました。
私自身は、再生医療で再び歩きたいという思いはありませんが、大濱さんは、脊髄の回復によって痛みや困難が軽減できることに大きな期待を持ち、同じ境遇の仲間の希望の星であったことを知りました。ベクトルは違っていても「仲間を助けたい」という思いにおいては、大濱さんの活動や人生は一貫していたと感じます。
大濱眞さん、大変お疲れ様でした。安らかな旅立ちを心よりお祈りいたします。
平野みどり(議長)













