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第4回「インクルーシブ教育を担う若手障害者の育成研修」参加のみなさんから感想をいただきました!(その3)

2021年03月18日 インクルーシブ教育

放射線状に並ぶ色鉛筆

 2月11日(木)、ZOOMにて若手の障害者を対象とした第4回インクルーシブ教育を担う若手障害者の育成研修を行いました。

 この研修の目的は、参加者のみなさんひとりひとりが、自らの学校生活を振り返りながら、インクルーシブ教育の理解を深め、それぞれの地域で、インクルーシブ教育をすすめるための活動を担っていく障害当事者の育成を図ることです。

 本研修に参加くださった皆さんから感想をいただきましたので、3回に分けてご紹介します!今回は最終回です。

▽研修全体の報告はこちら

▽感想その1はこちら

▽感想その2はこちら


長田直也/自立生活センター・小平

 「インクルーシブ教育の進め方に正解はない、探り探りやっている。」。多少なりとも、全国自立生活センター協議会のインクルーシブ教育プロジェクトチームの副体表として活動している私ですが、研修中に聞いたこの言葉が妙にしっくり来ます。

 それもそのはず。今回参加した12名の当事者ですら、全くもってそれぞれ異なった学校生活を送ってきたのです。その当事者の体験談を聞くだけでも非常に価値があり、学ぶものがありました。特にその中で、自分の経験と絡めて2点考えさせられる課題がありました。

 一つ目は、地域差です。北海道から鹿児島まで参加者がいたおかげで、より地域差による教育環境の違いが顕著にわかりました。東京や大阪ではバリアフリー化も比較的進んでおり、介助員がつくケースも少なくありません。私自身も中高と少し遠い場所ですが、エレベーターのある学校に通学し、小中高と介助員がつきました。

 一方地方では、そのような制度が進んでいないせいで、特別支援学級・学校を選ばざるをえなかった例が多いです。生まれた地域によってこのような格差は生まれてはなりません。バリアフリー法改正にある小中学校のバリアフリー化から、先ずは進めていきたいと思います。

 そして、地域差といえば国際的な視点で見た、日本のインクルーシブ教育の遅れ具合も今回知ることができたが、非常に呆れてしまいました。イタリアなど、インクルーシブ教育に関して先進的な事例をより学んでいきたいと思えました。

 二つ目は、大人の介入の仕方です。当事者ではなく、介助員にそのこの状況を聞いたり、親が勝手に先生と相談して方針を決めたという例がいくつかあり、私もそのような経験をした一人です。

 また特に辛かったのが、介助員がいるため、同年代の友達同士と本音で話せなかったり、親の送り迎えのため、帰り道に買い食いや寄り道ができなかったことです。しかし、振り返っても介助員がいなかったら通常学級では学校生活は送れなかったでしょう。

 議論でも上がりましたが、介助員ではなくて副担任という形で、生徒全員を見てくれる方が良かったかもしれません。大人になってからでもバスの乗り降りや買い物で、介助者にのみ話しかける例は後をたちません。インクルーシブ教育を通じて、子供の時から当事者の存在を認識する社会づくりを進めていかなければいけないと思いました。


東佳実/自立生活センター・ナビ

 今回は改めていろんな当事者の方の学生時代の話が聞けてとても勉強になりました。普通学校に行ったけどなかなか周りとうまく関係を築くのが難しかった人、いい関係で楽しい学校生活を送れた人、先生や友達がいい人で恵まれていた人、クラスで孤立してしまい途中から支援学校に行った人…。本当にいろんな方がいました。

 私は中学までは普通学校に行っていたけど周りの友達といい関係を築けなくて、支援学校に逃げてしまいましたが、同じような方もいてとても共感しました。改めて思ったことは、あの時の私たちの判断(=支援学校を選んでしまったこと)を否定してしまうのは良くないなということ。

 あの時はあの時なりに悩んで悩んで出した結果で自分で選んだ道だった。そうさせてしまったのは私たちが「普通学校はしんどい」「健常者と一緒に学ぶのはしんどい」と思わざるを得なかった「環境」にあるんだと改めて気づかされました。

 インクルーシブ教育とは「個人」を受け入れ合うこと。障害者を受け入れる教育ではなく、障害者という枠すらも取っ払った、「いろんな学び方」ができる教育環境であることだということを、もっともっと広めていきたいなと思いました。

 社会を変えるにはまず教育を変えること。小さい頃からみんなが同じ環境で、「違い」を認め合うことがごく自然になれば、世の中のマイノリティに対する差別・偏見・無知・無関心がなくなっていくのだと、今回の研修会で改めて学ぶことができました。ありがとうございました。


福地 健太郎(団体なし)

【初めに】

 2月11日4回目となるインクルーシブ教育研修に参加しました。

 今回はオンライン形式でしたが、北海道から鹿児島まで、また高校生から30代まで若手の幅広い年代が参加しました。

【変わらないもの/変わるもの】

 共に参加した仲間の経験を聴き、まず感じたことは時代が立っても変わらない通常学校からの排除が起きている点です。

 たとえば直接的に学校での支援はできないという話や案に特別支援が功を進められる、もしくは勉強ができないと通常学級にいてはいけないと思わされてしまうという状況。

 他方で、同じ時代同じ地域であっても、中学校から高校に上がるだけで環境が変わったとか、学校が変わっただけで排除的な環境が変わったという話もありました。

 あまりにも当然のことかもしれないが、インクルーシブ教育は最終的にはそれぞれの学校や教室、友人関係の中で実現されないと意味がないため、法的、制度的、教育学的にインクルーシブ教育を進めると同時に、なぜある学校でできて、ほかの学校でできないかを分析していく必要があると感じました。

【対話の文化】

 そのためのヒントをくれたのが、熊本から参加した岩下さんの”対話の文化”という言葉です。

 高校で話を聞いてもらえなかった、つまり対話の文化がなかったということです。

 私自身の経験を思い出すと、先生方はかならずしもというかまったく視覚障碍者の教育について最初は知らなかったように思います。

 そこから点字を学んでくれたり、私とどのようにすればよいかを一緒に検討する中で、共に学ぶ環境を作っていったのでした。

【学校に飛び込む当事者運動】

 そのような対話の場を作るという点で、教員養成や研修の過程に障碍者の経験を共有するといった科目を作るというアイデアが出たり、大阪の東さんからは学校に話し合いに行った際の子どもの反応が紹介されました。

 制度的な整備を進めつつ、そのような地道な対話の文化を作る取り組みも広げていければと思います。

【終わりに】

 日本のインクルーシブ教育は権利条約を批准しても、いまだに特別支援学校や支援学級の在籍の生徒だけが増えているという現状です。

 権利条約の審査などを活用しつつ、権利条約に沿った制度や運用を整備しつつ、教育現場、教員養成にも飛び込んで、インクルーシブ教育を進めたいと感じる1日でした。


第4回「インクルーシブ教育を担う若手障害者の育成研修」にご参加くださった皆さん、ありがとうございました!

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