車いす国賠訴訟 名古屋高裁判決に対する声明
2025年06月20日 要望・声明権利擁護障害者権利条約の完全実施
このたび、名古屋高等裁判所が2025年6月19日に言い渡した、岐阜刑務所で車いすの貸与を認められなかった受刑者による国家賠償請求訴訟の控訴審判決について、私たちは深い遺憾の意を表すとともに、声明を発表いたします。
本声明は、今回の判決が障害者の権利保障の観点から重大な問題を含むものであり、まさに障害者権利委員会の懸念を裏づけるものと言わなければなりません。国連勧告に基づき、裁判官などの司法関係者に、障害者権利条約をはじめとする障害者の権利に関する組織的な研修を合わせて求めるものです。
2025年6月20日
車いす国賠訴訟名古屋高等裁判所判決に対する声明文
特定非営利活動法人DPI(障害者インターナショナル)日本会議
議長 平野みどり
2025年6月19日、岐阜刑務所の受刑者が、車いすの貸し出しを認められなかったのは障害者差別にあたるなどとして国に賠償を求めた裁判の控訴審判決において、名古屋高等裁判所は「医療的に見て車いすが必要な状態ではなかった」として請求を棄却した岐阜地方裁判所判決を追認し、控訴人である受刑者の訴えを退けました。
この訴訟は、岐阜刑務所に服役する74歳の受刑者Aさんが、自力歩行が困難であるとして、複数回にわたって車いすを貸すよう刑務所側に求めていた事案です。岐阜刑務所に入所してから10年が経過するまで、Aさんが車いすの使用を認められることはありませんでした。そこで、このような刑務所の判断は障害者権利条約などに規定されている障害者差別にあたるなどとして、国に150万円余りの賠償を求めて訴訟を提起していたものです。
原審である岐阜地方裁判所は、「医療的にみて車いすが必要な身体状態ではなく、歩行器を用いるなどして移動することも可能だった。車いすを貸与しなかったことが障害者差別に該当するとは言えない」などとして原告の訴えを退けましたが、原告であるAさんは次のように主張して控訴を申し立てていました。
- Aさんが床を這って入浴等に出ていた事情からすれば、車椅子を含む歩行補助具が必要であったことは明らかであり、車椅子を必要とする身体状態になかったとする原判決は根本的に認識が誤っている。
- 岐阜刑務所長は車いすの貸与を求めるAさんの申し出を一方的に拒否しており、その際に障害者権利条約が求める建設的対話が実施された形跡は全くない。
- 障害者権利条約が求める合理的配慮は、過重な負担がない限りそれを必要とするすべての障害者に提供されなければならないが、車いすの貸与について刑務所側に過重な負担があったとは到底言えない。
- 歩行訓練を目的とした車椅子の禁止及び歩行器の貸与は、意思に反した医療上の措置に他ならず、刑事被収容者処遇法62条1項に違反する。
ところが名古屋高等裁判所は、以上のAさんの主張を充分に検討することなくその主張を排斥し、岐阜地方裁判所の上記判決を安易に追認しました。控訴人は平成23年4月4日から平成24年3月29日までの約1年の間に合計60回にわたり床を這って移動していたことが記録されていますが、この点について高等裁判所は、「控訴人が床を這って移動していたのは、車椅子の使用に固執し、提示された歩行器又は杖の使用を拒絶して、自ら、這って移動することとしたものである」として、床を這って移動していたからと言って車椅子の使用が必要であったとはいえないと認定しています。
しかし脚力の弱い控訴人が歩行器を使用すると、肘置き部分に寄りかかって移動せざるを得ず、肘が肘置きと擦れて皮膚剥離が生じます。この点について高等裁判所は、「控訴人が歩行器の肘置き部分に肘が当たることで肘に受けた負傷が比較的軽微な傷であったと推認されることは【中略】原判決説示部分のとおりであり、控訴人の肘の負傷が、控訴人に歩行器を使用させることが適切でないといえるほどに重いものであった」とは認められないとしました。控訴人は歩行器を使用するようになる平成27年1月から、車いすに使用が認められるようになる令和3年2月までの6年余りにわたり、肘の皮膚剥離の治療を受け続けています。
これほど長期にわたる皮膚障害に苦しめられていたことに照らせば、控訴人の被った負傷は「軽微」と片づけられるはずありません。判決の内容は、少し立つことができたり、少しは壁伝いに移動できても、不安などで移動しにくかったりある程度の時間以上の移動は不可能な場合が多いことなど、障害者の実情を全く理解していないといえます。60回床を這って移動したことがあたかも自らの選択によるものだと断言していますが、言語道断です。また、これらの事実は刑事施設内で障害者への虐待が容認されていたことを示す証左ということができます。
加えて、車いすの貸与について障害者権利条約が求める建設的対話が実施されなかったとの主張に対しては、歩行器の使用が実施される以前に整形外科医による診察やCT検査、レントゲン検査等を実施し、その結果について控訴人に伝達するとともに歩行訓練を行うよう促した等として、「岐阜刑務所においては、控訴人の要望を聴取しつつ、意思疎通を図りながら、控訴人の歩行能力に配慮した合理的な対応が行われていたということができるから、岐阜刑務所長が、法務省の定める対応要領に反する対応をしたということはできず【中略】車椅子の貸与の許可をしなかったことをもって、合理的配慮を怠ったということはできない」としました。
しかし車椅子の使用について対話が行われたことはなく、とりわけ歩行器の使用が開始されてからは、肘の負傷などを理由に繰り返し車いすの貸与を求めたものの、岐阜刑務所が控訴人の申し出を取り合うことは一度もありませんでした。
このような名古屋高等裁判所の判断は、障害者権利条約の理念と同条約が規定する障害者の権利を蹂躙するものに他ならず、断じて許されるものではありません。高裁判決は合理的配慮の不提供を正当化する過重な負担については全く述べていません。また刑務所からの単なる一方的な指示を建設的対話と言っており、断じて許される判決ではありません。全国の刑事施設において、Aさんと同様の障害者差別が生じないよう強く要請するとともに、罪を犯した人であっても等しく車いすへのアクセス等、合理的配慮を保障することを改めて求めます。
さらに、2022年に日本に対して作成された国連・障害者権利委員会の総括所見では、「司法及び裁判部門」も含めた専門家の間で「障害者権利条約で認められている権利の認識が欠如」(9c)していると指摘しているところ、本判決は、まさに障害者権利委員会の懸念を裏づけるものと言わなければなりません。国連勧告に基づき、裁判官などの司法関係者に、障害者権利条約をはじめとする障害者の権利に関する組織的な研修を合わせて求めるものです。