2022年4月22日 警察庁長官 中村格 様 交通局長 楠芳伸 様 生活安全局長 緒方禎己 様 障害を理由とした欠格条項にかかわる相談キャンペーン実行委員会 共同代表 大熊由紀子 竹下義樹 障害を理由とした欠格条項にかかわる相談内容に基づく申入書  共生社会の実現に向けた日頃の取組に敬意を表します。私どもは12団体からなる「障害を理由とした欠格条項にかかわる相談キャンペーン実行委員会」と申します。  本年2月24日付で障害を理由とした欠格条項にかかわる相談内容に基づく申入書及び質問書を差し上げました。この時の質問事項について、期限を過ぎてもご回答がなかったことは、大変遺憾です。改めて申入れ内容を詳述します。障害や疾患がある人々にとって日々の障壁になっていることであり、しっかり受け止めてご対応いただけますよう、お願いいたします。  障害者基本法は第2条で、社会的障壁を「障害がある者にとつて日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう」と定義しています。さらに、同法は第4条において、社会的障壁の除去の取組を求めています。障害を理由とした欠格条項は、制度上の社会的障壁の典型です。制度には法令が含まれており、この申入書においてもその意味で記述します。  最近2019年に、成年後見制度と連動した欠格条項については、公務員法、警備業法など約180の法律から法案成立によって削除されましたが、その後、障害者関係団体の調べによれば、「精神の機能の障害」を理由とする欠格条項が、上記の法案成立前までの3倍以上に増加しています。  この状況を危惧し、当実行委員会は、2021年度9月末から10月初めの一週間にわたり、相談窓口を設けました。各団体で日頃取り組んでいる分野の知見を持ち寄り、障害者関係者と弁護士によるチームで、あわせて30名から寄せられた、ひとつひとつの相談に対応しました。  その結果、相談の半数が、精神障害、知的障害、発達障害などの「精神の機能の障害」のある人からのもので、内容は過半数が、運転免許と雇用の関連であり、生活に直結する深刻な影響が明らかになりました。障害を理由とする欠格条項が、人生の幅を狭めているのです。かつ、欠格条項があるから無理と決めつけられていたり、種々の不安を抱かざるをえない人は、はるかに多くいます。そればかりか、現行の法令における欠格条項の有無や内容について、官公庁の職員及び相談窓口担当者さえ十分認識していないことを示す事例が、寄せられた相談のなかでいくつも報告されました。いったん作られた欠格条項の甚大な影響がみられます。  遡れば、2001年に法改正された医師法など多数の法令にも、聴覚や視覚や精神の機能の障害がある人を対象に、「免許を与えないことがある」とする相対的欠格条項がいまだに残されています。2001年まで「免許を与えない」という欠格条項によって門前払いされていた人々が、免許をもち従事するようになっているにもかかわらず、包括的な見直し検討が、20年以上なされていません。障害者基本計画や、差別解消法の基本方針にも、欠格条項の必要に応じた見直しが課題に挙げられていますが、2019年以降の変化を含めて、現状の把握、現行法令の調査と見直しが、今まさに必要な状況です。  「障害の有無で分け隔てられることのない共生社会の実現」を目標に掲げる障害者基本法や、差別禁止及び合理的配慮の提供を規定する障害者差別解消法、障害者雇用促進法などの改正されてきた国内法に照らしても、障害を理由とする欠格条項の存在は矛盾しています。日本が批准した障害者権利条約との関係でも大きな問題であり、本年2022年は、国連障害者権利委員会への日本の報告に対する本審査の年にあたっています。  上記のことを受けて、次のとおり申し入れます。 申入事項 1 相談事例にあるような、通院歴を伝えただけで免許を失うことになり聴聞もされない扱いは、現行法令からも逸脱しています。このようなことが繰り返されないように、せめて現行法を遵守するための取組を要請します。 2 運転免許の交付や更新にかかわる窓口の担当者が、医師ではない立場であるにもかかわらず、「お薬手帳」などの個人の医療情報の提出を求めていることについて、もし根拠を説明できないのであれば、早急に停止されることを要請します。 3 寄せられた相談のなかで、道路交通法、警備業法について、欠格条項見直し以前のままの認識が、公安委員会にも運転免許の窓口にも警備業研修教官にもあることが報告されています。その認識でもって、免許を希望して来た人への対応がなされたり、有資格者むけの研修が行われたためです。  せめて現行法を遵守できるように、欠格条項の変遷と現行法の規定について、また、障害者差別解消法などの障害者にかかわる最新の法令について、公安委員会や警察で携わる全ての職員、研修教官をつとめるような人が研修を受ける機会を設け、一度きりではなく継続して定期的に実施することを要請します。 4既存のマニュアル類、募集や受験の案内、提出書類の定め等の点検が必要です。実際に、2021年春の時点でまだ、国、地方公共団体の受験案内に、成年被後見人、被保佐人の欠格条項が少なからず掲載されていただけに、そうした作業が必要不可欠なこととして要請します。 5 安全に運転できるように制御する技術によって、以前ならば運転は無理とされていた人にも新たな可能性が開けてきています。疾患名や医学検査数値のみによる評価から、その人が日常運転する環境をふまえた支援技術や機器の利用を含む個別評価への転換が、求められているところです。そうした観点から現行の基準等の見直し作業に着手されるよう要請します。 (経過と状況について)  かつては、障害名や病名だけをもって運転するのは危険・不可とみなす欠格条項があり、実際にそのように扱われてきました。障害者にかかわる欠格条項の一連の見直しのなかで、例えば第一種普通免許は聴力不問となっており、今では、第二種運転免許が必要なバスの運転手等にも耳が聞こえにくい人がいるなど、変わってきています。精神疾患等がある人についても、その人の現在の病状をもとにして評価する通達(*)やガイドライン(**)も出されてきました。そして、人的能力をサポートして安全な運転ができるように制御する技術の進展と普及はめざましいものがあります。しかし、今もなお、運転免許更新の窓口で障害や通院歴を告げただけで免許の停止や取消の処分がされることが後を絶ちません。特に精神疾患等がある人の場合に著しく、2021年に受けた相談にもそうした内容が含まれています。 *一定の病気等に係る運転免許関係事務に関する運用上の留意事項について(通達)警察庁丁運発第232号 令和2年12月23日 **「患者の自動車運転に関する精神科医のためのガイドライン」(公社)日本精神神経学会 2014年 (事例1) これまでも精神疾患の症状を伝えて運転免許更新できてきたが、今回の免許更新手続きでは警察にお薬手帳のコピーをとられた。これから医師に診断書を書いてもらうが、更新がどうなるか不安。 (補足)医師が診断や処方のために「お薬手帳」を確認することはあります。各個人が医師にならば伝えるような医療情報はあります。 他方、医師ではなく診断や処方をできない立場である公安委員会や警察の担当者が、「質問票」で免許交付や更新の申請者全員に記入を求めている範囲を超えて、「お薬手帳」など個人の医療情報の提出を求めていることについて、その法的根拠や実施状況を2月24日付の質問事項でお尋ねしましたが、全くご回答をいただけませんでした。 (事例2) ゴールド免許だったが、精神科通院中の2016年に、免許更新時期を迎えた際、(以前にはなかった)病気の報告を求められた。精神科通院を伝えるべきか福祉課にも相談した。「大丈夫だから、伝えて下さい」と言われた。通院歴を伝えたところ、そのまま免許を失うことになった。公安委員会からは「あなたから話を聞いても結論は同じです」と言われ聴聞も行われなかった。異議申立てをしても結論は変わらないと言われた。運転免許を失ったままで今後の生活も不安である。せめてものこととして、運転経歴証明書を発行してほしいが、今からでも可能だろうか。 (補足)運転経歴証明書は、現行制度では、運転免許を自主返納した場合に限られており、相談者は2016年当時にその点の説明さえ受けることができていませんでした。 (事例3) 一種普通免許で毎日運転している。新たな仕事のために2種免許をとろうとしていて公安委員会に相談したら、「補聴器なしで90dbのクラクション音を10mの距離から聞こえない場合は新たに2種免許を付与できないし、すでにある普通免許も取消になる」と言われたので弁護士に相談し、その弁護士も公安委員会の説明はおかしいとの見解だったが、不安があるので連絡した。 (補足)1973年から、補聴器をつけて10メートルの距離で90デシベルのクラクション音が聞こえれば一種普通免許を交付されるようになり、その後も2011年から2017年にかけて断続的に見直しがありました。現在の法令には、聴力ゆえに一種普通免許を取り消す条文はありません。公安委員会において、完全に間違った法令への認識が50年近くも是正されていないこと、他にも被害者を生み出してきている可能性があることの重大さがまずは認識されなければならないと考えます。 (事例4) 成年後見制度と連動した欠格条項を削除する法案が成立した後で施行される前の時期に、警備業の面接を受けた。採用が決まる寸前で、成年被後見人、被保佐人ではないことを証明する書類を求められた。そして被保佐人ゆえに採用を拒否された。その後、2021年に警備業に就職して受けた研修では、教官が、成年被後見人・被保佐人は警備員になれない旨のことを発言していて、精神障害者や知的障害者を指す差別的な言葉も用いられた。   (補足)改正法施行後であれば、採用されて就職できたはずの(実際に2021年に就職した)人を、被保佐人という理由で除外してきた欠格条項の罪深さが示されています。2021年の警備業の研修でまだ旧法そのままの認識が教官から述べられている問題をふまえ、教官となるような人や職員に対する研修をはじめ、マニュアル類や書類の総点検が必要です。  障害を理由とする欠格条項は、障害や疾患のある人、成年被後見人や被保佐人等である人に対して、「できない、危ない」といった決めつけをして、差別を拡大し、再生産してきました。法律条文からは欠格条項が削除されても、差別的な障害者観は根深く、一朝一夕になくなるようなものではありません。特に、関係する官庁職員や研修教官のような指導的な立場の人々の差別偏見を除去する努力をすることが先決であり、努力の継続が必要です。  以上