対厚生省要望


1999年4月21日
厚生大臣 宮下創平 殿
障害者欠格条項をなくす会

代表 牧口 一二

大熊 由紀子

準備会事務局 電話03-5386-6540

障害者の欠格条項の撤廃に関する要望書

 貴職におかれましては、日頃より障害者施策の充実に尽力されていることと存じます。
 私たち「障害者欠格条項をなくす会(仮称)」は、障害当事者が中心となり、関係者や市民に広く呼びかけて活動しています。
 「障害者をしめだす社会は、弱くてもろい社会」という「ノーマライゼーション」提唱(国連・1980年)から20年たちます。「ノーマライゼーション」は、すでに国際的な共通理念となり、今では「インクルージョン」※が広く支持されています。

 ※インクルージョン(inclusion) 分けることをせず、個別の多様なニーズへの対応を基本にする。という意味で使われ、教育分野で実践が始まった。国際的な「ポスト・ノーマライゼーション」の考え方となってきている。

 しかし欠格条項の存在は、日本がいまだに「ノーマライゼーション」以前の状態にあることを示しています。それどころか、欠格条項は「障害者には人権がない。差別してよい。」という法律上の宣言に等しいものです。市町村の条例や学校の受験資格・企業の採用基準などにも影響し、差別、偏見を拡大し、はかりしれない損失を障害者と社会にもたらしてきました。この問題は、「法のもとの平等」「職業選択の自由」を定めた日本国憲法に反し、「障害者が、社会のあらゆる分野の活動に参加する機会の保障」を主旨とした障害者基本法(1993年)ともあいいれないものであり、恥ずべき人権侵害として早急に撤廃することが必要です。

 約30年前から、障害者たちは、「できるわけがない」「あぶない」「ひとに迷惑をかけるな」など、たくさんの抵抗をこえて、自立生活に向かいました。施設や病院、在宅から、身体をはって地域社会に出ていきました。それは、高齢者にも住みよいバリアフリーのまちづくりの、大きな推進力になりました。ふつうの企業などで障害者が働くことにもつながっています。
 たとえば障害者の自立にとって、住宅の確保はたいへん大きな問題です。介助の必要な障害者で、民間住宅に単身入居して自立生活をおくる人は、各地にいます。ヘルパーや介助者が家に通ってくるという形です。ところが、公営住宅ではそれができません。「公営住宅法施行令」に、常時介護が必要な障害者は「自立困難」として、単身入居を制限する欠格条項があるからです。
 医師や看護婦になりたいという夢を、「目が見えない者、耳が聞こえない者又は口がきけない者には、免許を与えない。」という欠格条項(「医師法」など多数)によって絶たれた若者は、数知れずいます。当会の調査では、欠格条項のもとで障害者の就業禁止や何らかの制限を指定されている職業は、約340種にのぼります。
 いっぽう、アメリカやドイツでは、障害をもつ医師や看護婦もまれではなく、教育を受ける上での支援も充実しています。各国では1990年代、差別禁止法の制定(米・英)をはじめとして、人権法制に差別禁止が次々ともりこまれてきました 。
 等しく労働権をもち、生活できる水準の所得を得る権利は、人権の基本です。しかし日本では、障害者の労働権規定がなく、「最低賃金法」では障害者に適用除外規定を設けています。適用除外を受けている人の大半は知的障害者、精神障害者です。適用除外のために、多くの障害者が、最低賃金をはるかに下回る月5万円といった低賃金に固定され、自立生活から遠ざけられています。

 政府の「障害者対策に関する新長期計画」(1993年)は、「精神障害、視覚障害等障害を理由とする各種の資格制限が障害者の社会参加を不当に阻む障害要因とならないよう、必要な見直しについて検討を行う」としています。「障害者プラン」(1995年)においても「障害者に対する差別や偏見を助長するような用語、資格制度における欠格条項の扱いの見直しを行う」とありますが、取組はきわめて遅れています。
 1998年3月末、総理府から各省庁への調査結果として、条文数79(法律実数59)の欠格条項が明らかにされましたが、調査にもれている欠格条項が多数あります。当会の調査では法律実数で300本近く判明しています。
 個々の障害者が、「障害」を理由として、または不利な基準によって社会参加の機会を奪われないこと、必要な援助を権利として受けることができる環境づくりを、今こそ進めていかなければなりません。私たちは、そのためにも大きな壁となっている欠格条項をなくすために具体的、建設的な提案を行いたいと考えています。
 こうした観点から、以下に私たちの基本的な考え方を提起します。

1 従来の医学的判定最重視から、個人と環境との関係に、基準を移すべきです。
 欠格条項は、障害ゆえに「できないこと」に着目し、医師等が「できない」と判定した人を排除するものです(医療モデル)。
 しかし国際的には、障害者をその個人と社会環境との関係でとらえ、「できること」はなにか、どんな支援が必要か、という観点が、政策の基本になっています。(医療モデルから、自立生活モデルへの転換)。
 日本の現状から見れば、「絶対的欠格」か「相対的欠格」かに関わらず、まず欠格条項をなくして、個人の能力・適性の検証をおこなうべきです。
 具体的には、ある資格を取得したり職業に就く際に、またはある行動をする際に、本質的に必要な能力に本人が対応できるかどうか、どのような支援があればできるか、障害当事者を主体として、個別具体的な検証が必要です。
 たとえば聴覚障害者が病院外来医師の仕事をする場合、必要なコミュニケーション・サポート(人的支援・補助機器利用)の上で診断・処置を行うことが、本質的に求められる能力です。もし、音声だけでコミュニケーションできるか、電話ができるかを条件にするならば、間接的な聴覚障害者排除です。
 たとえば実技やペーパーテストの実施についても、非障害者を前提とした従来のあり方を見直す姿勢をもって、必要な人的援助、補助機器使用、点字や手話その他の情報サポートなど、個別の支援・配慮を行うべきです。そうしなければ、当事者の力を結果に反映できず、不平等です。この視点をはっきり持つ必要があります。
 雇用の現場では、「障害者にはとても無理・危険」扱いから、「個人への支援・工夫しだいで問題ない」と大きく変わった実例が蓄積されています。それは、職場全体の仕事のしやすさや安全性向上にもつながっています。そのように変わったのは、職場実習の積極的な取り入れ・ジョブコーチ派遣・工程分析や設備改善のアドバイス・個人に合わせた道具の開発・コミュニケーションサポートや、グループホーム居住、余暇活動など生活面を含む、適切な支援が行われたからです。これらの経験からも積極的に学ぶことが必要です。

2 制度的なバリアフリーを進めるため、これまでの「禁治産・準禁治産者」への行為制限も再検討すべきです。
 この度の成年後見制度の改正においては、「禁治産・準禁治産者」という用語が廃止され、基本理念には「自己決定の尊重」と、柔軟かつ弾力的な利用しやすい制度にするということが明記されています。この理念に基づいて、新たな視点から成年後見制度を考えるなら、本人の個別具体的な状態の判断がより深く求められることになります。単に用語の廃止に伴う「言葉の言い換え」に終わるのではなく、本人の自己決定と自立を最大限尊重し、いかに必要な援助をおこなうかが重要です。

3 「資格」「免許」の制限にとどまらず、行動の制限・施設利用等の制限等のように、障害を理由とした不利益・不平等な扱いを定めている規定を幅広く見直し、制度的バリアをなくしていくことが求められます。
 たとえば「禁治産・準禁治産者」を対象とする包括的な欠格条項、最低賃金法における障害者適用除外規定、精神病院の入退院の自己決定制限、公営住宅の単身入居禁止、乗物等の利用制限、などがこれにあたります。

 つきましては、以下の点について、ご回答を要望します。



1.当会の「基本的考え方」について、貴職の見解を明らかにしていただきたい。

2.総理府の調査結果における厚生省所管の案件について理由を示されたい。
【医療従事者等関係】(27制度)
  • 「医師」「歯科衛生士」「歯科医師」「診療放射線技師」「保健婦、助産婦、看護婦」「臨床検査技師、衛生検査技師」「臨床工学技士」「視能訓練士」「義肢装具士」「救急救命士」「言語聴覚士」は、視覚、聴覚、言語の障害が絶対的欠格事由、精神障害が相対的欠格事由になっているが、その理由を明らかにしていただきたい。
  • 「理学療法士、作業療法士」「あん摩マッサージ師、はり師、きゅう師」「柔道整復師」は、精神障害者のみを相対的欠格事由としているが、その理由を明らかにしていただきたい。
  • 「歯科技工士」は、精神障害者を相対欠格事由、視覚障害者を絶対欠格事由 (聴覚障害者は欠格なし)としているが、その理由を明らかにしていただきたい。
 【薬物等取扱い関係】(11制度)
  • 「薬剤師」は、視覚、聴覚、言語の障害が絶対的欠格事由になっているが、その理由を明らかにしていただきたい。
  • 「毒物劇物取扱責任者」は、視覚、聴覚、言語、精神障害が絶対的欠格事由になっているが、その理由を明らかにしていただきたい。
  • 「特定毒物研究者」は、視覚、聴覚、言語、精神障害が相対的欠格事由になっているが、その理由を明らかにしていただきたい。
 【理美容等衛生関係】(5制度)
  • 衛生関係職種は、すべて精神障害が相対的欠格事由になっているが、その理由を明らかにしていただきたい。
  • 「理容師」「美容師」は、てんかんが相対的欠格事由になっているが、その理由を明らかにしていただきたい。
3.「絶対的欠格」から「相対的欠格」に改められた結果に関する評価を示されたい。
 精神障害者の場合、「栄養士」、「調理師」、「製菓衛生師」、「けし栽培者」、「診療放射線技師」 は1993年(平成5年)、「理容師」、「美容師」は1995年(平成7年)に「絶対的欠格」から「相対的欠格」に改められているが、見直しの際の検討経過ならびに改正後の施行状況、どのような変化が起きたか、厚生省としての評価を、それぞれ明らかにしていただきたい。

4.今後の欠格条項の見直しに対する厚生省としての基本姿勢と方針を示されたい。
以上


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