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神出病院事件を繰り返さない―虐待事件の政策的解決に向けて(5月11日(火)院内集会報告)

2021年05月17日 イベント権利擁護

空に浮かぶ黒いハートの画像

5月11日(火)、衆議院第一議員会館多目的ホールで「神出病院事件を繰り返さない――虐待事件の政策的解決に向けて」と題した院内集会が開催されました。

※冒頭部分で精神科病院内で起こった人権侵害の具体的な事例に触れています。ご注意ください。

基調報告

はじめに杏林大学の長谷川教授から基調報告がありました。

「神出病院で発覚した準強制わいせつ・暴行・監禁事件(患者を裸にしてホースで水をかけたり、柵のついたベッドをひっくり返した中に閉じ込めたり、陰部にジャムを塗って別の患者に舐めるよう強制し、その様子をスマートフォンで撮影したなどというもの)は、その内容を口にするのも憚られるような凄惨なものであるが、ここでしっかり伝えないとなかったことにさせられてしまう。この事件は氷山の一角で、いろいろな問題が精神科の病院で起きている」という言葉が印象的でした。

神出病院事件は内部からの告発ではなく、逮捕された看護職員が外部で起こした別の事件で押収されたスマートフォンのデータから「偶然に」発覚した事件です。精神科病院の自浄能力のなさ、既存の制度的・政策的な限界が露呈した結果ともいえます。これまで運動が指摘してきた精神医療・精神保健福祉の矛盾や倨傲を、一刻も早く変えていかなければなりません。

この事件に対して厚生労働省は、障害者虐待防止法に基づく職員に対する研修と普及啓発を講じるよう事務連絡を出したそうですが、その実効性は甚だ疑問であると長谷川さんは述べました。

こんな恐ろしい事件の起きるような病院で、今この瞬間も事件が起こった現場で過ごしている患者の方々がいるのです。なぜこのようなことがまかり通るのでしょうか。それは、病院という場所が障害者虐待防止法の通報義務の適用対象外であることが一因です。長谷川さん曰く、病院というのは(学校同様)悪いことが行われない、という前提に立っていることがそもそもの間違いである、ということです。

さらに日本精神科病院協会(日精協)が「精神科医療における行動制限(隔離・拘束)は厚生労働大臣の定める基準に従い、患者の自傷他害などを防御するための他の方法がなくやむを得ず実施するものであり、それは常に最小限にとどめる努力を行うものとされている。また、これらについて厳重な管理義務が課せられ、定期的な立ち入り検査が実施されている。

虐待防止法改正には賛同するが、しかしながら精神科医療(特に入院治療)だけを特段に取り上げて実際に機能している現行の法律に重複して更なる法制化を行う必要はない」と主張をしています。虐待防止法の通報義務対象になったら困ること・都合の悪いことが噴出することが自分たちでわかっているからでしょう。

残念ながら神出病院事件は(重大な事件であることには変わりませんが)特殊な事件というわけではなく、現行の法制度下では防げなかった事件の一つであるということです。長谷川さんの講演を聴きながら、かつて自分が味わった都内の精神科への入院処遇での経験を思い出し、確かに神出病院「だけ」が悪質なのではなく、根本的な仕組みがおかしいのが日本の精神科医療・精神保健福祉なのだろうなと感じました。

身体拘束ひとつとってみても、10年で約2倍に増加、諸外国の数百倍の人口比率で行われている実態があります。それでも日精協は「拘束は必要最小限にとどめている」と主張しています。これは到底承服できないことです。

精神科病院が人権侵害の温床になっているということを認識できない精神医療審査会についても、「この感覚はおかしい」と長谷川さんは発言していました。
神出病院事件は精神保健福祉法では患者の権利や尊厳、人権が守られないことを明らかにしました。速やかに医療機関を障害者虐待防止法の通報義務機関にすることが必要である、と長谷川さんは締めくくりました。

続いて、桐原尚之さんから報告がありました。事件が発覚して1年経ちますが、現在も被害に遭われた患者さんたちは逮捕された以外の病院職員たちと同じ空間に居させられている、これは非常によくない状態です。①虐待防止法の見直し、②権利擁護制度の新設、③指導監督制度の見直しを求めてこの院内集会を開いたとのことです。虐待防止法に関しては、精神保健福祉法では虐待を防げないので論点を整理して議論を深めるべきだという趣旨を述べました。

特別報告

特別講演の一人目は、兵庫県精神医療人権センターの吉田明彦さんでした。兵庫県での取り組みの紹介と、実際に神出病院に赴いたときに撮影した写真を見せながら講演しました。神出病院はまるで要塞のような壁に囲われ、監視カメラが厳重に設置されていました。兵庫県精神医療人権センターの病院訪問を、神出病院は拒み続けていたとのことです。

当初、事件の被害者は3名とされていましたが実際には10名、そのうち裁判で事実認定されたのは7名でした。それだけではなく、逮捕起訴された看護職員たちは、「先輩看護師たちのやっていたことを真似ただけだった」と供述したというのです。虐待ができて一人前、そういう風土が醸成された背景には、違法な隔離拘束がありました。それらは刑法の監禁罪・暴行罪・傷害罪にもあたるものである、と吉田さんは指摘しました。
そしてその違法な隔離拘束は、病院内の全病棟で行われていたとアンケートで明らかになりました。

ひどい事例として、インフルエンザを理由に4人の患者さんを隔離した上ガムテープで拘束したという話が紹介されました。
神戸市は兵庫県精神医療人権センターの要請のもと、前院長と勤務医たちの精神保健指定医取り消し処分に向けて動いているそうですが、ハードルは高いという話でした。なぜ病院という要塞を崩せないのか、どうすればいいのかをみんなで一緒に考えていきたい、と述べました。

続いて吉田さんと同じく兵庫県から来た、神戸市会議員の高橋ひでのりさんが登壇しました。何としても障害者虐待防止法の対象に医療機関を入れてほしい、そのためには国会の力を借りたいとの想いとのことで上京したとのことでした。

神戸市議会では2020年10月に議員69名全員の発議で障害者虐待防止法の対象に医療機関を加える意見書を採択しました。スピーディーに決まった背景には家族会からの「神出病院事件は氷山の一角だ」という危機感と熱心な働きかけがあったそうです。それから神戸市、つまり精神科病院を指導監督する立場の地方自治体からも虐待防止法の対象にする必要性が訴えられていたことも要因とのことです。

また、神戸市が実施した神出病院の職員へのアンケートの回収率は、たった3割程度(2回目も実施したがそちらも半分程度)だったそうです。それだけ内部のことを外部に出すな、という圧力が病院側からあったということでしょう。法改正によって職員による通報義務を課すべきだと高橋さんは述べました。

続いて、日本女子大学の小山聡子さんからの報告でした。小山さんは日本障害者虐待防止学会の理事長の立場から、障害者虐待についての概況を述べました。虐待累計や件数などの報告がありました。虐待防止法見直しをめぐる問題については、基幹相談支援センターの設置や研修の充実、虐待防止法委員会の設置や管理者の研修受講の必須化などを挙げていました。既存の法律内で何が対応可能かの検討をしている、とのことです。

虐待の通報義務は加害者を罰するためだけではなく、早期介入によって加害者・被害者双方の支援や救済につながるが、逮捕事案の場合、警察・検察との情報共有は守秘義務の観点から行政側からは難しいという現実もある、との報告がありました。

大坂からリモート講演したのは大阪精神医療人権センターの山本深雪さんでした。精神科医療は精神的に弱った時にかかる場所ですが、残念ながら安心してかかれる場所にはなっていません。それは少ない人員配置で多くの患者さんを担当していることが原因の一つとして挙げられます。

有名な病院・公立病院での暴力事件が明るみに出ていますが、それだけではなく小規模な民間病院での事件はもっと潜在的に存在するのではないかという懸念があります。

大阪では「精神科療養環境検討協議会」を立ち上げて活動を行ってきました。高齢の患者さんが虐待のターゲットにされる傾向にあります。病院訪問をして、元入院患者という経験を活かして真摯に話をきくことを続ければ、虐待などについて話してもらえる関係を築くことができる、少なくとも大阪ではそれが実践できているとのことでした。

「入院中の患者の権利に関する宣言」10項目を決め、それが守られているかという尺度になっているそうです。2003年に精神医療オンブズマン制度をはじめて、2009年に療養環境サポーター制度として動きはじめました。患者さんの権利擁護のための様々な活動を展開しています。大阪で実施可能な虐待防止の取組みを全国で行いたいということで大阪精神医療人権センターに問い合わせがあるので、ぜひ全国で展開をしてほしい、と山本さんは述べました。

さらに、将来的には他科と同様の職員数の配置や病床の削減など、数値目標を決めていくべきだと主張していました。それに向けて、他国の10倍以上の医療保護入院を減らすためには、本人の意思ではない入院は行政に一本化し、往診型・訪問型のサービスを増やしていくことが必要になってきます。

求めることとして、①神出病院の事件被害者の患者さんたちの身柄を早急に他の病院に移すこと、②神出病院入院患者さん全員のもとに、入院経験者と精神科ソーシャルワーカーの2名一組で聞き取りに行く機会の保障、③大阪の権利擁護システムを兵庫でも使えるようにすること、④精神科病院も障害者虐待防止法(に加えて高齢者虐待防止法)の対象とすること、⑤精神科病棟を障害者差別解消法の対象にすること、⑥障害者総合支援法にアドボケイトの仕組みを創設すること、を挙げて報告は終わりました。

最後の報告者は日本精神科看護協会の窪田澄夫さんでした。虐待防止のための倫理綱領見直しについての報告でした。当事者団体や報道関係者など、第三者を交えての検討をしているということでした。研究における当事者及び家族、団体や各種団体との協働を図っています。障害者虐待防止法の勉強会や研修会の整備も行っているとのことです。改正版の倫理綱領の周知を行うことにも力を入れたいとのことでした。

現場で働いている看護職は、熱意をもって従事している人がたくさんいる、ただその仲間の中に神出病院事件のような虐待に手を染めてしまう人が出てしまうのはとてもつらい、なぜそうなってしまうのかという経緯を考えていかなければならない、と述べました。

倫理綱領の見直しのポイントは、①看護職がアドボケイトの立場にあることを意識できるような環境づくり、②自浄作用のある組織であるための取り組み、③より倫理的な精神科看護を実現するための倫理教育を受けるための環境・仕組みづくりについて、であると紹介されました。

組織ごとの力の入れ方が異なることから、全国津々浦々でしっかりと教育が受けられるようにすることが強調されていました。二度と神出病院のような事件は起こしてはならないので、そのために倫理教育を徹底したい、「行わなければならないこととする」とのことでした。同時に、病院だけの努力では限界があるので行政や諸団体の協力を仰ぎたい、という発言で報告が締めくくられました。

感想など

当日は会場に80名来場、オンライン参加が120名と盛況でした。この問題に対する関心の高さの表れだと思います。

神出病院事件は信じがたいほどに凄惨な事件ですが、「患者を誹謗・虐待するようなとんでもない悪人」が精神医療や精神保健福祉の現場にやってくるのではないと私は思います。

例えば精神科特例などの差別的な制度政策によって疲弊し、だんだんと熱意を奪われ志をへし折られ、その鬱憤を患者にぶつけてしまう、という構造があるのではないでしょうか。事実、神出病院の職員の中では「患者をからかえるようになって一人前」という風潮があったそうです。

この事件の加害者を弁護するつもりは毛頭ありませんが、誰かが悪い、と個々人を責めるのでは解決にはなりません。差別的な「制度政策の観点の問題」と、精神障害者が健常者より劣った存在だからどうにかして治療(矯正)しなければならない(≒治療が及ばない人の尊厳は無視してもよい、踏みにじってもよいという暗黙の了解)といった「まなざし」との対峙を、私たちは改めて突き付けられているのだろうなと感じました。

入院経験者らによる病院訪問など、各地で少しずつ実践は行われています。精神科病院という牙城を切り崩し、病者もそうではない人も地域で暮らせる社会づくりに向けて、一人の当事者としてこれからも発信を続けていきたいです。

報告:鷺原 由佳(事務局員)

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