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障害者を取り巻く問題
障害者差別禁止法が必要な理由と盛り込まれるべき内容
「障害を理由にした差別」がなにかはっきりと決めて、禁止する必要があります
何が差別なのか基準を作ること
私たちの住む社会では、社会通念の上で「差別」はしてはいけないことになっています。法律の上でも日本国憲法第14条で差別を受けない権利が国民にはあるとされています。障害者基本法の第3条にも「差別を禁止する」という一言が入っています。
しかし、実際に障害者が受ける様々な「いやな思い」や「くやしい思い」がすっきりと解決されることは多くありません。
障害のない人と違う取り扱いや不利な取り扱いを受けているな、とか、不平等だな、いやだな、と思っても、それが差別かどうか判断できる細かな基準がないのです。
憲法や障害者基本法では、いったい何が差別になるのかは分かりません。差別の基準の役割を果たす法律が必要です。そして、その基準となる法律では、教育や労働など、障害者の生活全般にわたって、何が差別となるのかをかなり細かく規定する必要があります。
また、基準となる法律で禁止される差別は、個人や企業など、『私人間』の差別の禁止も含むものでなければ私たちが直面している様々な日常生活上の問題の解決にはなりません。根深く残る障害者への差別や偏見というものは、個人個人の意識を抜きに考えられません。しかし、日本には『私人間』の行為における差別を禁止する法律がないのです。
こうして基準となる法律は、社会に住む全ての人達に「差別」とは何かをはっきりと示すことができ、それに基づいて人々が行動するという社会的ルール=社会規範となります。障害者もそれに基づいて司法や社会に様々なことを訴えることができるようになるのです。これは非常に大切なことです。
差別を受けた人を救済する必要
そして具体的な差別を提示して、法律でそれを禁止することは、差別を受けた人を救済する道を開くという大きな意義を持ちます。すなわち、話し合いなどで解決できない場合は、裁判などの司法の場における解決の道も開けるということです。これは障害を理由とした差別ではないかということで裁判を起こした場合でも、今ある法律では、きちんと解決されたことはないのが実情です。よっぽど露骨で分かりやすい差別でない限り、それが差別かどうかを裁判所では判断できないからです。
現在、障害者のみならず、日本には人権が侵害され、差別を受けた人を救済する制度は大変不十分です。いくつかの国にはある「国家人権委員会」や「均等機会委員会」など、政府から独立した人権救済機関に該当するものがまったくなく、権利救済の仕組みを早急に作るのが課題となっています。
私たちの求める差別禁止法は、そうした国のあり方を大きく変えるものなのです。
国際的な水準の内容をもつ法律が必要です
最低3つの差別の種類を禁止すること
2006年に国連で採択された「障害者の権利条約」など、国際的には、障害を理由にした差別を、
- (1) 直接差別
- (2) 間接差別
- (3) 合理的配慮を行わないこと
の3つに分類しています。
(1)の直接差別とは、なにかの障害があるので何かをしてはならないとか何かをできない、という差別であり、これは日本でも差別とされています。
(2)の間接差別とは一見中立の基準などで、障害者に不利になる結果をもたらすあるいはもたらす可能性のある差別をいいます。
(3)の合理的配慮を行わないことというのは、過度な負担は伴わないもので、障害のある人とない人の実質的な平等(機会均等)のための調整や変更(=合理的配慮)を行わないことが障害を理由とした差別になる、ということです。形式的に平等な機会を提供するだけでなく、実質的に同じスタートラインにたてること、同じ土俵で仕事や学習などができることを保障するという新しい概念です。
少なくともこれら3つの類型の差別をきちんと禁止した法律が必要になってきます。
社会への完全で効果的な参加とインクルージョンを基礎としての「差別禁止」法
非常に大切なことですが、分離や隔離は差別である、という原則の上に立って、様々な分野における差別の禁止をする必要があるということがあげられます。
私たちは、障害のある人も障害のない人と同じように自分の住む場所を自分で決めて、障害のない人と同じように社会参加を、社会の一員として堂々と生きていくことができる社会を作るために活動してきました。施設や病院で専門家に管理を受ける生活はいやだ、という声をあげ続けてきました。そしてその結果、障害者の権利条約でも「社会への完全且つ効果的な参加とインクルージョン」ということが原則として盛り込まれました。原則ですので、条約に規定されている全ての権利を解釈し運用するときの指針となります。
ようするに「分離」や「隔離」それ自体がいけないことであり、こうした国際水準に基づいた法律の整備が必要であるのは言うまでもありません。
まとめ
障害者基本法の問題点
この十数年の間に、日本において障害者に関連して、心身障害者対策基本法が障害者基本法(1993年)に改められ、交通バリアフリー法(現・バリアフリー新法)、社会福祉法や障害者自立支援法などのいくつかの法律ができました。
しかし、これらの法律を見たときに、障害者基本法の第3条の障害に基づく差別をしてはならないという規定以外に、障害者の権利や障害に基づく差別について禁止している法律はありませんし、権利を規定している法律もありません。
障害者基本法について少し考えて見ましょう。
基本法はいくつかある福祉サービス法の基本法です。国及び各地方自治体レベルでそれぞれの基本計画を立てることを、義務もしくは努力義務化したこと自体には、意義があったと思われます。行政サービスを規定する上では、有効なものであるといえますが、障害のある人が公共交通機関の利用拒否や合理的配慮が行われない、などの状況に直面した場合、実際に役に立ちません。
また、私たちは基本法に権利性や差別禁止規定を盛り込むだけで済む問題とは思っていません。まず、基本法は、国及び地方公共団体を対象にしたものであり、この法律に差別禁止規定を入れたとしても、根強くある、社会での障害者差別を無くすことにはつながりにくい、と考えるからです。
2つ目に理念上の問題です。基本法を1つ1つ読んでいくと、全体的に「参加する機会」が恩恵的に「与えられる」対象とみなされ、「障害者の社会参加を権利として保障する」とはなっておらず、「更生」と「保護」に基づく旧来からの障害者施策の枠にとどまっています。当事者に対して障害の軽減と克服への努力をおしつけ、重度の障害者に対しては隔離・収容型の施設入所を引き続き推進するとされていることが、法律全体から感じ取れる条文ばかりです。
こうした法律の下に、策定された、「身体障害者福祉法」「知的障害者福祉法」「精神保健福祉法」は、権利性に基づいてのサービス提供であるはずがありません。
差別をなくすための法律の意義
私たちが求める障害者差別禁止法は、差別をした人を罰することが主な目的ではありません。障害者に特別の権利を与えろ、というものでももちろんありません。
障害のない人が生きていくうえで当然の権利として享受しているものを、同じように障害者にも保障しましょう、という考え方のもとで、何がいけないことかというルールを作り、それをみんなで守り、全ての人が共に尊重しあう社会を作ることが目的なのです。
私たちはこのような社会が障害者のみならず、全ての人が住みやすい社会を作るであろうと確信しています。