■表紙 (メインタイトル) なぜ残る? まだ残る? 障害者欠格条項 (サブタイトル) 欠格条項を残したまま、 権利条約を批准できますか? ■本文 私たちは、障害者欠格条項は、「障害者に対する差別となる既存の法律や制度」 に該当すると考えます。そのため、条約を批准する際には、障害者欠格条項をな くす必要があると考えます。 (囲み1) 障害者権利条約第4条 障害者に対する差別となる既存の法律、 規則、慣習及び慣行を修正し、 又は廃止するためのすべての 適当な措置(立法を含む)をとること 障害者欠格条項とは  障害者欠格条項とは、障害があることを理由に、特定の職に就くことや、免許、 資格を取得すること、そのための試験を受けること、また、公共施設などを利用 することを法的・制度的に禁止又は制限する規定をさします。  こうした権利制限は、古くからの障害者観によって法律等に明記されてきまし た。同時に、障害者欠格条項の存在が、社会の障害者観や、慣習・慣行に影響を 与えてきたとも言えるでしょう。それによって、障害者に対する差別や偏見が固 定化され、誰もが持っているはずの基本的な権利さえも、障害を理由に制限され てしまう状況が作られてきたのです。 見直されてきた障害者欠格条項  障害者基本法が作られた1993年、国は、「障害者対策に関する新長期計画」を 作りました。そこには、障害者の自立と社会参加のためには「資格制限等による 制度的な障壁(=障害者欠格条項)」をなくしていく必要があると書かれました。 しかし、制度的な障壁をなくす取り組みはなかなか進みませんでした。ようやく その取り組みが進んだのは、1998年、聴覚障害がある女性が、薬剤師になるため の試験に受かったにも関わらず、欠格条項があったため免許を交付されず、それ でもあきらめずに発言を続けたことがきっかけでした。このとき、多くの人が 署名運動などにも取り組みました。  そうした流れを受けて、国は、1999年に「障害者に係る欠格条項の見直し」を 行うことを決定し、63制度を対象に見直しを進めました。  その結果、国が見直し対象とした63制度のうち、12制度は障害者欠格条項がな くなりました。しかし、8割にあたる51制度には、それまでの絶対的欠格条項に かわり、相対的欠格条項が残されることになったのです。 (囲み2) 国が見直し対象とした63制度のうち、 51制度に相対的欠格条項が残されている。 障害者欠格条項が なくなった 12制度, 9法令,19% 検察審査員 製菓衛生師 栄養士 調理師 地域伝統芸能等通訳案内業 医師国家試験・予備試験 風俗営業 公営住宅への単身入居 など 相対的欠格条項が 残されている 51制度, 44法令, 81% 理学療法士 はり師又はきゆう師 美容師 保健師、助産師、看護師又は准看護師 薬剤師 義肢装具士 獣医師 作業主任者 通訳案内業 警備員 自動車等の運転免許 など 相対的欠格条項とは  障害者欠格条項見直しの後、多くの法律に記されることになった相対的欠格条 項とは次のようなものです。医師法を例に見てみましょう。  医師法には、「次の各号のいずれかに該当する者には、免許を与えないことが ある」(第4条)、という条文に続いて、「心身の障害により医師の業務を適正 に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの」という条文が示され ています。この厚生労働省令で定めるものというのが、「視覚、聴覚、音声機能 若しくは言語機能又は精神の機能の障害により医師の業務を適正に行うに当たっ て必要な認知、判断及び意思疎通を適切に行うことができない者」ということに なります。  見直し以前の法律では、次のように書かれていました。「目が見えない者、耳 が聞こえない者又は口がきけない者には、免許を与えない。」(旧医師法)。こ れが絶対的欠格条項です。以前の法律では、医師国家試験については、目が見え ない人や耳が聞こえない人は、国家試験を受けることもできないという規定があ りました。  それが、現在は、試験を受けることができるが、免許は与えないこともありう るという、あいまいな制限に変わったのです。 (囲み3) 医師など 2001年以前は障害のある医療従事者は「いないはずの人」だった。 2002年から、点字や音声でも受験できるように試験方法を変え、全盲の医師や耳 の聞こえない医師も誕生している。 ただし、相対的欠格条項のため、合格後に審査が加えられたり、研修を受け入れ る病院が少ないことも障壁となっている。 免許交付申請時の診断書提出についても2001年当時から疑義が出されている。 大里晃弘(おおさとあきひろ)さん 精神科医。医学生の時に失明、鍼灸マッサ ージ師として働いてきた。欠格条項見直し後、2002年から医師国家試験に再挑戦 、2005年に合格し半年後に免許交付を受けた。 なぜ入れた? 「心身の障害」  では、なぜ、あいまいであれ、障害者欠格条項を残したのでしょうか。  振り返ってみると、2001年の法律見直しの過程で、厚生労働省は、医師の業務 を適正に行うことができない者と心身の障害があることはイコールではないとし た障害者団体の意見に対して、「対象となる者を明確に規定すべきという法制上 の観点に鑑み、『心身の障害により』という規定を設けなければ、・・・心身の 障害を原因とするもの以外まで含まれることになり、・・・かえって不明確にな りかねないものと考えております。(パブリックコメントへの回答文書より)」 と回答していました。  この回答からも明らかなように、欠格条項の本質は、障害に基づく権利制限で あり、障害に基づく差別に他なりません。事実、相対的欠格条項が残されたため に、障害がある人は、試験に受かったのちに、免許取得が可能かどうかを判断す る審査が課されることになったのです。 欠格条項はなぜ残っているのでしょうか 本当に必要があるのでしょうか  障害者欠格条項は、「障害がある」ことと「業務や行為を適正に遂行できない 」ことをつなげて考えているからこそでてくる考え方です。  では、実際に障害があることが理由で業務や行為を適正に行えないと判断する 根拠が示されたことはあるのでしょうか。残念ながらそれが示されたことはあり ません。権利制限は、それをする側が相当な根拠を示す必要がありますが、欠格 条項を設ける根拠が明確に示されたことはないのです。  障害があると危ない、という多くの人の感覚が、予防的な欠格条項をつくりあ げてきた背景にあるのかもしれません。しかし、不安から人の権利を侵害するこ とはできないはずです。これは権利制限ではなく、障害者のためを思ってのこと だ、という人もいます。でも、そんな根拠のない対応を歓迎する人はいません。  そもそも、「障害」は、その人が置かれている環境によっても異なってくるも のです。障害があるから、業務や行為を適正に遂行できないのではなく、業務や 行為を適正に行うためには、それを行うのに必要な環境を整えること(=合理的 配慮)が必要です。  でも、そういうと、支援制度や就業環境が整備されていないため、現状ではや むを得ず制限を加えているという考え方が出てくるかもしれません。しかし、実 際は、これまで、長い間、障害者欠格条項が設けられてきたことも要因となって 、障害がある人が学び、働いていくための支援制度や環境の整備は進んでこなか ったという現状があります。障害者欠格条項が、おおやけに障害者を差別するこ とを認めてきてしまったため、障害がある人は、学びの場からも、仕事の場から も、その障害を理由に排除され、どうしたらできるかを考えるチャンスさえも、 うばわれてきてしまったのです。 重要な変化  この間、重要な変化も起きてきました。それは、医師法などが改正されたとき 、障害がある人が医師の免許を申請した場合の審査では、個人が単独で業務を行 えるかどうかではなく、補助者や補助手段も得て、その人が、本質的な業務を遂 行できるかが判断基準になるということが、法改正にむけた議論や検討を通じて 共通的な認識になったことです。  また、これまではなかった「本人からの意見を聞く(意見の聴取)」ことも規 定には書かれました。ただ、法律が変わってからも、学びの場や仕事の場での環 境の不備は続いています。また、環境を整えていくことが個人の責任に負わされ ている現状も変わっていません。 63制度にとどまらない権利制限  この間見直されてきた法制度は、63制度という国が対象とした法制度で、実際 には、63制度にとどまらない多数の法制度が欠格条項を残しているという問題が この間も残り続けています。  たとえば、今年(2011年)になって相次いで成年被後見人から、選挙権回復を 求める裁判が起こされています。  成年被後見人への欠格条項は多数ありますが、そのほとんどが絶対的欠格です 。こうした問題も障害者欠格条項の課題として考えていく必要がある大きな課題 です。 差別禁止法に求めるもの  日本には差別禁止法がなく、障害者差別禁止の法理に基づく法整備がなされて きませんでした。そのため、合理的配慮を提供しないことも差別にあたると明確 にする法律もありませんでした。欠格条項をはじめ、障害者に対する差別となる 法制度の廃止に根本からは手がつけられず、合理的配慮の提供も遅れてきたので す。そうした長年にわたっての欠格条項があり今も残されていることが、障害者 の社会参画を阻み、合理的配慮の確立を妨げることにもなっているのです。  こうした状況を変えていくためにも、障害者欠格条項の規定は法制度による差 別であることを明確にする必要があります。そして、政府・地方公共団体が、こ れまでの法律・規則・条例などの差別を調査し、情報を公開し、それを修正した り、廃止することを義務づける規定を設けること、また、合理的配慮を提供しな いことも差別であることを明記することがまず求められるでしょう。さらに、説 明責任の明確化や、苦情申立と権利回復の仕組みも必要です。権利侵害が疑われ る場合、客観的な根拠を説明する責任は、免許権者や試験実施者、雇用主などの 側にあるという説明責任の転換を、明確にする必要があります。  合理的配慮を権利として位置づけ、障害がある一人ひとりの権利が基盤になる 法制度へ。  私たちが求めるのは、欠格条項によって排除していく社会ではなく、どうした らさまざまな違いがある人が参加できるかを考えていく社会です。相対的欠格条 項とは  障害者欠格条項見直しの後、多くの法律に記されることになった相対的欠格条 項とは次のようなものです。医師法を例に見てみましょう。  医師法には、「次の各号のいずれかに該当する者には、免許を与えないことが ある」(第4条)、という条文に続いて、「心身の障害により医師の業務を適正 に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの」という条文が示され ています。この厚生労働省令で定めるものというのが、「視覚、聴覚、音声機能 若しくは言語機能又は精神の機能の障害により医師の業務を適正に行うに当たっ て必要な認知、判断及び意思疎通を適切に行うことができない者」ということに なります。  見直し以前の法律では、次のように書かれていました。「目が見えない者、耳 が聞こえない者又は口がきけない者には、免許を与えない。」(旧医師法)。こ れが絶対的欠格条項です。以前の法律では、医師国家試験については、目が見え ない人や耳が聞こえない人は、国家試験を受けることもできないという規定があ りました。  それが、現在は、試験を受けることができるが、免許は与えないこともありう るという、あいまいな制限に変わったのです。 なぜ入れた? 「心身の障害」  では、なぜ、あいまいであれ、障害者欠格条項を残したのでしょうか。  振り返ってみると、2001年の法律見直しの過程で、厚生労働省は、医師の業務 を適正に行うことができない者と心身の障害があることはイコールではないとし た障害者団体の意見に対して、「対象となる者を明確に規定すべきという法制上 の観点に鑑み、『心身の障害により』という規定を設けなければ、・・・心身の 障害を原因とするもの以外まで含まれることになり、・・・かえって不明確にな りかねないものと考えております。(パブリックコメントへの回答文書より)」 と回答していました。  この回答からも明らかなように、欠格条項の本質は、障害に基づく権利制限で あり、障害に基づく差別に他なりません。事実、相対的欠格条項が残されたため に、障害がある人は、試験に受かったのちに、免許取得が可能かどうかを判断す る審査が課されることになったのです。 欠格条項はなぜ残っているのでしょうか 本当に必要があるのでしょうか  障害者欠格条項は、「障害がある」ことと「業務や行為を適正に遂行できない 」ことをつなげて考えているからこそでてくる考え方です。  では、実際に障害があることが理由で業務や行為を適正に行えないと判断する 根拠が示されたことはあるのでしょうか。残念ながらそれが示されたことはあり ません。権利制限は、それをする側が相当な根拠を示す必要がありますが、欠格 条項を設ける根拠が明確に示されたことはないのです。  障害があると危ない、という多くの人の感覚が、予防的な欠格条項をつくりあ げてきた背景にあるのかもしれません。しかし、不安から人の権利を侵害するこ とはできないはずです。これは権利制限ではなく、障害者のためを思ってのこと だ、という人もいます。でも、そんな根拠のない対応を歓迎する人はいません。  そもそも、「障害」は、その人が置かれている環境によっても異なってくるも のです。障害があるから、業務や行為を適正に遂行できないのではなく、業務や 行為を適正に行うためには、それを行うのに必要な環境を整えること(=合理的 配慮)が必要です。  でも、そういうと、支援制度や就業環境が整備されていないため、現状ではや むを得ず制限を加えているという考え方が出てくるかもしれません。しかし、実 際は、これまで、長い間、障害者欠格条項が設けられてきたことも要因となって 、障害がある人が学び、働いていくための支援制度や環境の整備は進んでこなか ったという現状があります。障害者欠格条項が、おおやけに障害者を差別するこ とを認めてきてしまったため、障害がある人は、学びの場からも、仕事の場から も、その障害を理由に排除され、どうしたらできるかを考えるチャンスさえも、 うばわれてきてしまったのです。 重要な変化  この間、重要な変化も起きてきました。それは、医師法などが改正されたとき 、障害がある人が医師の免許を申請した場合の審査では、個人が単独で業務を行 えるかどうかではなく、補助者や補助手段も得て、その人が、本質的な業務を遂 行できるかが判断基準になるということが、法改正にむけた議論や検討を通じて 共通的な認識になったことです。  また、これまではなかった「本人からの意見を聞く(意見の聴取)」ことも規 定には書かれました。ただ、法律が変わってからも、学びの場や仕事の場での環 境の不備は続いています。また、環境を整えていくことが個人の責任に負わされ ている現状も変わっていません。 63制度にとどまらない権利制限  この間見直されてきた法制度は、63制度という国が対象とした法制度で、実際 には、63制度にとどまらない多数の法制度が欠格条項を残しているという問題が この間も残り続けています。  たとえば、今年(2011年)になって相次いで成年被後見人から、選挙権回復を 求める裁判が起こされています。  成年被後見人への欠格条項は多数ありますが、そのほとんどが絶対的欠格です 。こうした問題も障害者欠格条項の課題として考えていく必要がある大きな課題 です。 差別禁止法に求めるもの  日本には差別禁止法がなく、障害者差別禁止の法理に基づく法整備がなされて きませんでした。そのため、合理的配慮を提供しないことも差別にあたると明確 にする法律もありませんでした。欠格条項をはじめ、障害者に対する差別となる 法制度の廃止に根本からは手がつけられず、合理的配慮の提供も遅れてきたので す。そうした長年にわたっての欠格条項があり今も残されていることが、障害者 の社会参画を阻み、合理的配慮の確立を妨げることにもなっているのです。  こうした状況を変えていくためにも、障害者欠格条項の規定は法制度による差 別であることを明確にする必要があります。そして、政府・地方公共団体が、こ れまでの法律・規則・条例などの差別を調査し、情報を公開し、それを修正した り、廃止することを義務づける規定を設けること、また、合理的配慮を提供しな いことも差別であることを明記することがまず求められるでしょう。さらに、説 明責任の明確化や、苦情申立と権利回復の仕組みも必要です。権利侵害が疑われ る場合、客観的な根拠を説明する責任は、免許権者や試験実施者、雇用主などの 側にあるという説明責任の転換を、明確にする必要があります。  合理的配慮を権利として位置づけ、障害がある一人ひとりの権利が基盤になる 法制度へ。  私たちが求めるのは、欠格条項によって排除していく社会ではなく、どうした らさまざまな違いがある人が参加できるかを考えていく社会です。相対的欠格条 項とは  障害者欠格条項見直しの後、多くの法律に記されることになった相対的欠格条 項とは次のようなものです。医師法を例に見てみましょう。  医師法には、「次の各号のいずれかに該当する者には、免許を与えないことが ある」(第4条)、という条文に続いて、「心身の障害により医師の業務を適正 に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの」という条文が示され ています。この厚生労働省令で定めるものというのが、「視覚、聴覚、音声機能 若しくは言語機能又は精神の機能の障害により医師の業務を適正に行うに当たっ て必要な認知、判断及び意思疎通を適切に行うことができない者」ということに なります。  見直し以前の法律では、次のように書かれていました。「目が見えない者、耳 が聞こえない者又は口がきけない者には、免許を与えない。」(旧医師法)。こ れが絶対的欠格条項です。以前の法律では、医師国家試験については、目が見え ない人や耳が聞こえない人は、国家試験を受けることもできないという規定があ りました。  それが、現在は、試験を受けることができるが、免許は与えないこともありう るという、あいまいな制限に変わったのです。 なぜ入れた? 「心身の障害」  では、なぜ、あいまいであれ、障害者欠格条項を残したのでしょうか。  振り返ってみると、2001年の法律見直しの過程で、厚生労働省は、医師の業務 を適正に行うことができない者と心身の障害があることはイコールではないとし た障害者団体の意見に対して、「対象となる者を明確に規定すべきという法制上 の観点に鑑み、『心身の障害により』という規定を設けなければ、・・・心身の 障害を原因とするもの以外まで含まれることになり、・・・かえって不明確にな りかねないものと考えております。(パブリックコメントへの回答文書より)」 と回答していました。  この回答からも明らかなように、欠格条項の本質は、障害に基づく権利制限で あり、障害に基づく差別に他なりません。事実、相対的欠格条項が残されたため に、障害がある人は、試験に受かったのちに、免許取得が可能かどうかを判断す る審査が課されることになったのです。 欠格条項はなぜ残っているのでしょうか 本当に必要があるのでしょうか  障害者欠格条項は、「障害がある」ことと「業務や行為を適正に遂行できない 」ことをつなげて考えているからこそでてくる考え方です。  では、実際に障害があることが理由で業務や行為を適正に行えないと判断する 根拠が示されたことはあるのでしょうか。残念ながらそれが示されたことはあり ません。権利制限は、それをする側が相当な根拠を示す必要がありますが、欠格 条項を設ける根拠が明確に示されたことはないのです。  障害があると危ない、という多くの人の感覚が、予防的な欠格条項をつくりあ げてきた背景にあるのかもしれません。しかし、不安から人の権利を侵害するこ とはできないはずです。これは権利制限ではなく、障害者のためを思ってのこと だ、という人もいます。でも、そんな根拠のない対応を歓迎する人はいません。  そもそも、「障害」は、その人が置かれている環境によっても異なってくるも のです。障害があるから、業務や行為を適正に遂行できないのではなく、業務や 行為を適正に行うためには、それを行うのに必要な環境を整えること(=合理的 配慮)が必要です。  でも、そういうと、支援制度や就業環境が整備されていないため、現状ではや むを得ず制限を加えているという考え方が出てくるかもしれません。しかし、実 際は、これまで、長い間、障害者欠格条項が設けられてきたことも要因となって 、障害がある人が学び、働いていくための支援制度や環境の整備は進んでこなか ったという現状があります。障害者欠格条項が、おおやけに障害者を差別するこ とを認めてきてしまったため、障害がある人は、学びの場からも、仕事の場から も、その障害を理由に排除され、どうしたらできるかを考えるチャンスさえも、 うばわれてきてしまったのです。 重要な変化  この間、重要な変化も起きてきました。それは、医師法などが改正されたとき 、障害がある人が医師の免許を申請した場合の審査では、個人が単独で業務を行 えるかどうかではなく、補助者や補助手段も得て、その人が、本質的な業務を遂 行できるかが判断基準になるということが、法改正にむけた議論や検討を通じて 共通的な認識になったことです。  また、これまではなかった「本人からの意見を聞く(意見の聴取)」ことも規 定には書かれました。ただ、法律が変わってからも、学びの場や仕事の場での環 境の不備は続いています。また、環境を整えていくことが個人の責任に負わされ ている現状も変わっていません。 63制度にとどまらない権利制限  この間見直されてきた法制度は、63制度という国が対象とした法制度で、実際 には、63制度にとどまらない多数の法制度が欠格条項を残しているという問題が この間も残り続けています。  たとえば、今年(2011年)になって相次いで成年被後見人から、選挙権回復を 求める裁判が起こされています。  成年被後見人への欠格条項は多数ありますが、そのほとんどが絶対的欠格です 。こうした問題も障害者欠格条項の課題として考えていく必要がある大きな課題 です。 (囲み4) 選挙に行けなくなった 2011年、東京・埼玉・京都・札幌の各地裁に相次いで選挙権の確認を求めて提訴 されている。 成年被後見人への欠格条項は数多くあり殆どが絶対的欠格条項。例えば公務員法 では、成年被後見人には受験資格がなく、もし成年後見制度を利用したときは退 職しなければならない。必要な人に対して財産管理等に支援を提供することが、 その人から参政権や労働権などの基本的権利を奪うことになっているのは、全く 不合理である。 成年後見制度での選挙権確認求め提訴 2011年2月1日 TBS放送  判断能力の不十分な人が財産管理などを代理してもらう「成年後見制度」。こ の制度を利用している女性が「制度を利用すると選挙権が奪われる公職選挙法の 規定は憲法違反だ」として、国を相手取り訴えを起こしました。 差別禁止法に求めるもの  日本には差別禁止法がなく、障害者差別禁止の法理に基づく法整備がなされて きませんでした。そのため、合理的配慮を提供しないことも差別にあたると明確 にする法律もありませんでした。欠格条項をはじめ、障害者に対する差別となる 法制度の廃止に根本からは手がつけられず、合理的配慮の提供も遅れてきたので す。そうした長年にわたっての欠格条項があり今も残されていることが、障害者 の社会参画を阻み、合理的配慮の確立を妨げることにもなっているのです。  こうした状況を変えていくためにも、障害者欠格条項の規定は法制度による差 別であることを明確にする必要があります。そして、政府・地方公共団体が、こ れまでの法律・規則・条例などの差別を調査し、情報を公開し、それを修正した り、廃止することを義務づける規定を設けること、また、合理的配慮を提供しな いことも差別であることを明記することがまず求められるでしょう。さらに、説 明責任の明確化や、苦情申立と権利回復の仕組みも必要です。権利侵害が疑われ る場合、客観的な根拠を説明する責任は、免許権者や試験実施者、雇用主などの 側にあるという説明責任の転換を、明確にする必要があります。  合理的配慮を権利として位置づけ、障害がある一人ひとりの権利が基盤になる 法制度へ。  私たちが求めるのは、欠格条項によって排除していく社会ではなく、どうした らさまざまな違いがある人が参加できるかを考えていく社会です。相対的欠格条 項とは  障害者欠格条項見直しの後、多くの法律に記されることになった相対的欠格条 項とは次のようなものです。医師法を例に見てみましょう。  医師法には、「次の各号のいずれかに該当する者には、免許を与えないことが ある」(第4条)、という条文に続いて、「心身の障害により医師の業務を適正 に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの」という条文が示され ています。この厚生労働省令で定めるものというのが、「視覚、聴覚、音声機能 若しくは言語機能又は精神の機能の障害により医師の業務を適正に行うに当たっ て必要な認知、判断及び意思疎通を適切に行うことができない者」ということに なります。  見直し以前の法律では、次のように書かれていました。「目が見えない者、耳 が聞こえない者又は口がきけない者には、免許を与えない。」(旧医師法)。こ れが絶対的欠格条項です。以前の法律では、医師国家試験については、目が見え ない人や耳が聞こえない人は、国家試験を受けることもできないという規定があ りました。  それが、現在は、試験を受けることができるが、免許は与えないこともありう るという、あいまいな制限に変わったのです。 なぜ入れた? 「心身の障害」  では、なぜ、あいまいであれ、障害者欠格条項を残したのでしょうか。  振り返ってみると、2001年の法律見直しの過程で、厚生労働省は、医師の業務 を適正に行うことができない者と心身の障害があることはイコールではないとし た障害者団体の意見に対して、「対象となる者を明確に規定すべきという法制上 の観点に鑑み、『心身の障害により』という規定を設けなければ、・・・心身の 障害を原因とするもの以外まで含まれることになり、・・・かえって不明確にな りかねないものと考えております。(パブリックコメントへの回答文書より)」 と回答していました。  この回答からも明らかなように、欠格条項の本質は、障害に基づく権利制限で あり、障害に基づく差別に他なりません。事実、相対的欠格条項が残されたため に、障害がある人は、試験に受かったのちに、免許取得が可能かどうかを判断す る審査が課されることになったのです。 欠格条項はなぜ残っているのでしょうか 本当に必要があるのでしょうか  障害者欠格条項は、「障害がある」ことと「業務や行為を適正に遂行できない 」ことをつなげて考えているからこそでてくる考え方です。  では、実際に障害があることが理由で業務や行為を適正に行えないと判断する 根拠が示されたことはあるのでしょうか。残念ながらそれが示されたことはあり ません。権利制限は、それをする側が相当な根拠を示す必要がありますが、欠格 条項を設ける根拠が明確に示されたことはないのです。  障害があると危ない、という多くの人の感覚が、予防的な欠格条項をつくりあ げてきた背景にあるのかもしれません。しかし、不安から人の権利を侵害するこ とはできないはずです。これは権利制限ではなく、障害者のためを思ってのこと だ、という人もいます。でも、そんな根拠のない対応を歓迎する人はいません。  そもそも、「障害」は、その人が置かれている環境によっても異なってくるも のです。障害があるから、業務や行為を適正に遂行できないのではなく、業務や 行為を適正に行うためには、それを行うのに必要な環境を整えること(=合理的 配慮)が必要です。  でも、そういうと、支援制度や就業環境が整備されていないため、現状ではや むを得ず制限を加えているという考え方が出てくるかもしれません。しかし、実 際は、これまで、長い間、障害者欠格条項が設けられてきたことも要因となって 、障害がある人が学び、働いていくための支援制度や環境の整備は進んでこなか ったという現状があります。障害者欠格条項が、おおやけに障害者を差別するこ とを認めてきてしまったため、障害がある人は、学びの場からも、仕事の場から も、その障害を理由に排除され、どうしたらできるかを考えるチャンスさえも、 うばわれてきてしまったのです。 重要な変化  この間、重要な変化も起きてきました。それは、医師法などが改正されたとき 、障害がある人が医師の免許を申請した場合の審査では、個人が単独で業務を行 えるかどうかではなく、補助者や補助手段も得て、その人が、本質的な業務を遂 行できるかが判断基準になるということが、法改正にむけた議論や検討を通じて 共通的な認識になったことです。  また、これまではなかった「本人からの意見を聞く(意見の聴取)」ことも規 定には書かれました。ただ、法律が変わってからも、学びの場や仕事の場での環 境の不備は続いています。また、環境を整えていくことが個人の責任に負わされ ている現状も変わっていません。 63制度にとどまらない権利制限  この間見直されてきた法制度は、63制度という国が対象とした法制度で、実際 には、63制度にとどまらない多数の法制度が欠格条項を残しているという問題が この間も残り続けています。  たとえば、今年(2011年)になって相次いで成年被後見人から、選挙権回復を 求める裁判が起こされています。  成年被後見人への欠格条項は多数ありますが、そのほとんどが絶対的欠格です 。こうした問題も障害者欠格条項の課題として考えていく必要がある大きな課題 です。 差別禁止法に求めるもの  日本には差別禁止法がなく、障害者差別禁止の法理に基づく法整備がなされて きませんでした。そのため、合理的配慮を提供しないことも差別にあたると明確 にする法律もありませんでした。欠格条項をはじめ、障害者に対する差別となる 法制度の廃止に根本からは手がつけられず、合理的配慮の提供も遅れてきたので す。そうした長年にわたっての欠格条項があり今も残されていることが、障害者 の社会参画を阻み、合理的配慮の確立を妨げることにもなっているのです。  こうした状況を変えていくためにも、障害者欠格条項の規定は法制度による差 別であることを明確にする必要があります。そして、政府・地方公共団体が、こ れまでの法律・規則・条例などの差別を調査し、情報を公開し、それを修正した り、廃止することを義務づける規定を設けること、また、合理的配慮を提供しな いことも差別であることを明記することがまず求められるでしょう。さらに、説 明責任の明確化や、苦情申立と権利回復の仕組みも必要です。権利侵害が疑われ る場合、客観的な根拠を説明する責任は、免許権者や試験実施者、雇用主などの 側にあるという説明責任の転換を、明確にする必要があります。  合理的配慮を権利として位置づけ、障害がある一人ひとりの権利が基盤になる 法制度へ。  私たちが求めるのは、欠格条項によって排除していく社会ではなく、どうした らさまざまな違いがある人が参加できるかを考えていく社会です。 ■裏表紙 会員随時募集中! 発行元 : 障害者欠格条項をなくす会  (共同代表 福島智・大熊由紀子) 事務局 : 〒101-0054千代田区神田錦町3-11-8 武蔵野ビル5F TEL : 03-5282-3137 FAX : 03-5282-0017 info_restrict@dpi-japan.org http://www.dpi-japan.org/friend/restrict/