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2002年第6回DPI世界会議札幌大会
2002.10.15-18 |
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ご挨拶
■ DPI世界議長 ジョシュア・マリンガ
■ DPI日本会議 議長 山田昭義
■ 2002年第6回DPI世界会議札幌大会組織委員会 会長 神田直也
■ DPIアジア太平洋名誉議長 八代 英太
DPI世界議長 ジョシュア・マリンガ
10月に私たちは、4年に一度の重要なイベント、第6回DPI世界会議のために日本の札幌市に集まります。
テーマは「あらゆる障壁を取り除き、違いと権利を祝おう!」です。これは何を意味するものなのでしょうか?「障壁を取り除く」というのは、物理的なバリアだけではなく、態度のバリアも含みます。つまり、偏見であり、排除、無視といったものであります。「違い」というのは、障害が多様な生き方を作ってきたことを意味します。
私たちは同時に、多様な環境の中で生きています。私たちはよくない状況下で生活しており、違いがあっても結束していかなくてはなりません。
国連の文書、とりわけ人権宣言や人権規約などをご覧になれば分かるかと思いますが、こうした文書は私たち障害者を人間としてみなし、人権問題として取り上げるよう求めています。しかし、現状は違います。あたかも私たちの権利を推進していく文書など存在しないかのように、私たち自身の人権は侵害され続けています。国連は、すべての個人の権利が尊重されるよう、リーダーシップを取るべき機関ですが、そこにおいても私たちの権利についてあまり多くのことをしていません。私たちはこの世界会議で、私たちの権利を推進し守る特定の文書、つまり障害者の権利条約について話し合います。
条約への道は険しく長いものです。1987年にイタリアとスウェーデンが主導して以来、多くの取り組みの中でさまざまな反論に直面しました。「障害者のニードに適用しうる多くの条約があるではないか」とか、「政府が条約に調印しても何もしないではないか」という意見もありました。私たち障害者は、強制力のある文書、つまり調印、批准したすべての政府の法律や政策に影響を与える条約を求めてきました。
女性、視覚障害、聴覚障害、青年といった、これまで比較的取り上げられてこなかったグループの問題は、ユニバーサルデザインやアクセスの問題と同様に、世界会議において取り組まれるべき課題です。戦争を止めさせていくことで、障害を防ぐことも大切です。貧困を含む第3世界における問題も、重要な課題として討議されていきます。貧困と障害には密接な関係がありますし、経済力なしには何の権利も行使できません。
私たちの運動は21歳を迎えました。21歳といえば、誰でも成熟したと認められる歳です。成熟した運動とは、あらゆるレベルで強い連帯を持つ草の根の障害者組織を意味します。そして、理念を共有しています。日本の小さな村に住む障害者も、ジンバブエ(マリンガ議長の国−編註)の小さな村に住む障害者も皆ひとつの理念でつながるべきです。この理念は、私たちが集まり、互いに支え合うことでのみ達成されます。私たちは、障害は人権問題であると何年にも渡って主張してきました。つまり、私たち自身の、そして政府を含む私たちのための活動すべてが、障害を権利の問題とするという哲学を持つ必要があります。
私たちの組織にとって成熟とは、私たちが政治的な活動ができる組織であるということでもあります。つまり、会員にきちんと説明責任を果たし、透明性を持ち、よい組織運営をし、民主的であるということです。そうした組織になることで、私たちは、同様の課題に立ち向かう他の組織と連帯していくことができるのです。
この障害者の巨大な世界規模の集まりに参加して、札幌から新しい考え方、新しい関係、熱意といったものを持ち帰って下さい。最後に、世界会議を開催される日本の障害者の皆さん、共に活動されている皆さん、政府の皆さんに御礼申し上げます。
ごあいさつ
特定非営利活動法人 DPI日本会議 議長 山田昭義
1995年に札幌で第15回DPI日本会議全国総会を開き、世界会議誘致を決定してから早いもので7年が経とうとしています。この間、介護保険や交通バリアフリーなど障害者を取り巻く社会の状況が一変しました。
今年は、アジア太平洋障害者の十年の最終年です。国内では障害者プランの最終年にもあたります。世界を見回すと、「障害者権利条約」に向けた動きも始まっています。日本のみならず、世界の障害者自身の力強い声を、北の大地から世界に向けて発信できるようにがんばっていきたいと思います。
皆さまのご参加を心よりお待ち申し上げます。
今年の10月に札幌で会いましょう
2002年第6回DPI世界会議札幌大会組織委員会 会長 神田直也
私たちは、今年の10月に世界から多くの仲間を迎えるための準備を、現在進めています。2002年、札幌市では、春(6月)のワールドカップと秋のDPI世界会議札幌大会と2つの大規模な国際的行事が開催されます。
北海道では、障害当事者や福祉関係者はもちろんですが、行政をはじめ様々な団体、企業そして、多くの札幌市民や北海道民とともに、この大会をつくりたいと思っています。
21世紀という新世紀に初めて開催される第6回DPI世界会議札幌大会の実現は、大変喜ばしいことであり、大会に参加される皆様を心からお待ちしています。
DPI札幌世界総会に寄せて
DPIアジア太平洋名誉議長 八代 英太
親愛なる世界の障害者の皆さん!DPIの皆さん!2002年DPI札幌総会のイヴェントが刻一刻と近づきつつあります。あれから21年の年月が流れました。覚えていますか?1981年の11月を。シンガポールに世界の障害者が一同に会して、「DPI障害者インターナショナル」の組織としてのスタートが切られたのです。
それまでの障害者施策は当事者でない専門家によって築かれてきました。つまりFORの立場からリハビリテーションのプログラムが作られそれによって障害者政策が構築されてきました。それは効果ももたらしましたが時として障害者当事者の声は聞き届かない弊害もありました。「私たちは一人の人間として自らの人生決定をしたい!」と声が上がり、 「我ら自身の声 VOICE OF OUR OWN」へとうねりは世界に広がってゆきました。私自身、車椅子人生が始まり、その生活、行動の中から次々と立ちはだかる社会のバリアを体験しておりましたので「我ら自身の声」の旗の下、積極的に多くの仲間に働きかけ、シンガポールに集結したのです。60億人の地球上に10%の障害を持った仲間が居ることを考えても、当事者団体として世界組織が無かった事がむしろ不思議にさえ思いました。アジアには人口の60%が暮らしている事を考えても先ず、アジアでDPIの組織の産声を上げる事は当然のことでした。
アフリカ・ヨーロッパ・北アメリカ・南アメリカそしてアジア太平洋と地球を5つのブロックに分けてシンガポールでDPIは元気に第一歩を踏み出したのです。
あれから20年、あの頃の情熱を置き去りにしていませんか?さあ、世界中から東方の国日本に集まって、DPIの原点に立ち戻ろうではありませんか。
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