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■ パラリンピック選手を殺害した介護者、無期懲役を逃れる ■
以下の翻訳はニュージーランド・ヘラルド紙(2006年5月13日付、Jarrod Booker記者)から
DPIのウェブ
ケアをしていた頚椎損傷者の咽に切りつけた男性が、殺人に対して通常科されている無期懲役刑を間逃れた。
昨日クライストチャーチ高等裁判所がエリック・ネイル・スマイル被告48歳に懲役12年の判決を下したことに対して、元パラリンピック選手キース・マコーミックの家族たちは憤っている。
スマイル被告は、仮釈放適用まで最低10年必要とする無期懲役の代わりに、最低7年間で仮釈放される刑を科された。この刑は、同居しながら、同居者に対してパートタイムで介護をし、その「親友」であると呼んでいた男性を殺害した罪に対するものである。
フィル・シャミー検事は、最低17年間は仮釈放を適用しないという一層重い刑を求刑していた。なぜならマコーミック氏が弱者であり、かつ、被告がマコーミック氏の感覚が残っている部位を狙って刺したからである。
「私はがっかりさせられ、酷い判決であると思った。私は加害者が17年間は仮釈放が適用されないことを期待していた。(法廷内の)すべての人がキースのために同じように感じていた」と、マコーミック氏の母親ドロシー・マコーミックは、ウイークエンドヘラルド紙に語った。
ジョン・フォガティー裁判官は、スマイル被告が高い程度の「ストレスの蓄積」を来たしていたと述べ、情状酌量により減刑した。
「あなたは被害者が死へと向かい、殺されようとしているどのような意識をも最小のものとするため、慈悲深く行なおうと考えていたと、証拠から判断することができる」と裁判官は被告に述べた。
マコーミック氏は、20歳代前半のころ溺れていた人を助けようと浅瀬に飛び込み身体障害者となった。その後パラリンピックでメダルを勝ち取るなど、活発な人生を送っていた。しかし、2000年6月に彼を襲った第二の事故で彼は頚椎損傷となり、首と頭以外の身体を動かすことができなくなった。
このことで氏は、介護者の全面的な介護を受けることになり、健康はこのところ悪化していた。2004年11月以来、スマイル被告は、氏と同居してパートタイムの介護者となっていた。
精神科医の報告に基づき、フォガティー裁判官は、両名は「極めて強固な信頼関係」で結ばれており、マコーミック氏の将来や生きる意欲について話しあっていたとした。そして被告が、彼の友人であるマコーミック氏が強い痛みを抱えていることを知るようになったとした。
しかしフォガティー裁判官は、マコーミック氏が死を望んでいたという証拠も、自殺の約束も存在しなかったと述べた。
殺害が行なわれた昨年の7月28日、スマイル被告の仕事は休みで、数件のバーで数時間に渡って酒を飲み、友人にマコーミック氏を殺害する意図を語っていた。しかし、誰もそれを信じなかった。
被告は車いすに座りテレビをみていたマコーミック氏をみつけ、喉を掻き切る前に首を6回刺した。
それから、友人たちに電話をし、何が行なわれたのかを告げた。彼は警官が到着するまで現場に留まり、「私は最愛の親友を殺した、たったいま私の最大の友人を殺した」と幾度も言った。
裁判でマコーミック氏の母親は、「スマイルを一度も信用したことがありません。スマイルがキースのお世話をしていたことよりもキースの方がスマイルの面倒をみていたなんて、なんと皮肉なのでしょう。この男が、私の愛するキースをこんな目に合わせるためにしなければならなかった判断のどこが正しいというのでしょう」とする陳述書を提出した。
被告の長年の友人であるジョン・ダーニングは、スマイルは「多くのことを背負い込む」ような人物であると述べた。ジョンは量刑が妥当なものであると信じている。
「エリック(訳注:スマイル被告)は私に手紙で、罪を犯してしまったのだから刑期を務めなくてはならないと言ってきている。介護者として、そして実は介護者がするべき訓練をおそらくしなかったがために、過大なストレスが彼にかかったのだ」
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最終更新日 2006.5.28
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