DPI日本会議ロゴ

特定非営利活動法人
DPI日本会議

ホーム
上へ
サイトマップ
DPIとは
活動内容
障害者を取り巻く問題
権利擁護センター
書籍案内
リンク・情報コーナー
機関誌「DPI」
メールマガジン登録
各種募集
DPIカード
第6回DPI世界会議


★おすすめの本★
第6回DPI世界会議札幌大会報告集 世界の障害者―われら自身の声

活動内容海外の障害者に関する協力等の事業

 

 アジア太平洋地域障害者 
自立のための所得創出プログラム

(1995〜2000)

 郵政省の国際ボランティア貯金に係る寄附金の交付を受け、1995年からアジア太平洋地域の障害者組織が経済的に自立していくための所得創出プログラムに援助を行っていました。

 国際ボランティア貯金に係る寄附金事業 
時期 プロジェクト名 事業内容
1995年 障害者の自立のためのリーダーの育成・女性障害者に対するリハビリ指導 フィリピン・パキスタン

(フィリピン) 障害者リーダーに対する研修(講師派遣)・自営業の開始・モニタリング
(パキスタン) 女性障害者向け職業訓練施設での訓練コース支援・講師派遣

1996年 障害者のための職業訓練(オートバイ部品の製造)、部品製造機械の配備 中華人民共和国

 プラスチック成形機械の購入・訓練・部品製造・モニタリング・講師派遣・モニタリングスタッフ派遣

1997年 障害者の自立のための指導者の育成 フィジー

団体運営のための資金調達担当者の育成(従前はイギリスの協力隊員が行っていたものを地元の人物が行う)

1998年 障害者に対する職業訓練(情報処理技術指導) 中華人民共和国

 障害者の一般企業への雇用状況に関するデータベースを障害者が多数を占める福祉工場で製作する・パソコン等の情報処理資材の導入・データベース製作にかかる消耗品購入・データベースソフト作成のための講師派遣・モニタリングスタッフ派遣

1999〜2001年 車いす製作所支援 フィリピン・カガヤン県

 車いす製作のための講習会・講習会への日本からの講師派遣・モニタリングスタッフの派遣
【カウンターパート: DPIフィリピン】


 フィリピン車いす製作所支援(1999〜2001年)
                    
機関紙「SSKSわれら自身の声」17/4号より抜粋

 DPI日本会議では、KANPI(フィリピン障害者連合=フィリピンDPI)と協力して、99年よりフィリピン北部のカガヤン県ペーニャブランカ市にある車いす製作所の拡張と技術向上を支援してきた。

 同地では、朝日新聞厚生文化事業団が基本的な機材を提供し、訓練を受けた障害者リーダーとなって車いす製作所が立ち上がっていた。1年目(1999年12月)は、その車いす製作所を使って、フィリピンの各地から集められた10名ほどの若い障害者が車いす製作の基礎作りを学んだ。日本からは「さいとう工房」の斉藤省 さんを派遣した。多くの訓練生にとって、実際に車いすを作るのは初めてであったことから、大変評判がよかった。

 2000年5月は、常任委員である青野全宏(静岡自立生活センター)を当事者モニタリングスタッフとして派遣し、当事者団体の運営という面からの評価とアドバイスを行った。

 地元の行政では建物や電気・水道の提供をしてこの事業を支えていた。市長や福祉部長もDPI日本会議からの派遣がある度に視察し、意見交換をするなど、この事業への高い理解と期待がうかがえた。

 2年目は、車いす製作所で働くスタッフ自身がより能動的に車いすの品質の改善やニーズにあったデザインができるようになるための素地を作るトレーニングを行った。

 前回に引き続き、斉藤省さんを派遣し、スタッフを対象に訓練を実施した。日本から2つの車いすを持ち込み、すべてを分解して細かい部品の一つ一つまで丹念に解説した。この訓練では「地具」の作成に取り組んだ。部品を常に一定に固定する「地具」を活用すると、左右のばらつきや一台ごとのばらつきが極力抑えることができ、品質がさらに向上する。時間切れで訓練中には1つしか地具を作ることができなかったが、その後も威力を発揮している。

 2001年5月には、常任委員の矢吹文敏(日本自立生活センター:京都)を当事者モニタリングスタッフとして派遣した。1年以上車いすを提供してきて、実際にどのように活用され、どれだけの生活向上に寄与し、また、どのような新たなニーズが生じているのかを把握することが目的だった。

 この派遣では初めて家庭訪問を実施した。障害児のいる家庭を3軒訪問することができた。車いすが来たことによって地元の小学校へ通うことができるようになった子どもがいる反面、母親が亡くなったことで外出の機会を失い、KANPIのSTAC(注)のようなところに通う機会も失われて、寝たきりになってしまった子もいた。車いすが手に入ることになったことで、障害者の社会参加の機会が増えた一方、介助の問題、住宅の問題(寝たきりになってしまった子どもの家が、洪水が多い地域にあるため、高床式だったことも外出を一層困難にしている)、移動手段など、多くの問題が浮き彫りになってきている。

 車いす製作所の障害労働者がより安定した所得を得ることはもちろん重要であるが、彼らが車いすを必要としている障害児・障害者ともっと関係を深め、車いすを使って社会参加をしていくための条件作りに向けて取り組んでいくことも重要な課題であることが分かった。

(注)The Stimulation and Therapeutic Activity Center:遊びながら、他の障害児やスタッフと接することで社交性を身につけ、マッサージやリハビリ、点字や手話の教育を受けられることを目的とした障害児のためのサービスセンター

前のページへは、ブラウザの「戻る」でお戻りください。

最終更新日 2003.3.5