2004年11月11日
発達障害者支援法案についての見解
DPI(障害者インターナショナル)日本会議
議 長 三 澤 了
DPI(障害者インターナショナル)は、すべての障害者の権利と自立生活の確立をめざして活動している団体であり、国際障害者年の1981年に障害をもつ当事者の「われら自身の声」をスローガンとして結成されました。現在130ケ国をこえる国々にDPIの国内会議が結成され、障害当事者による国際的な協力関係づくりに向けて努力を重ねており、国連においては障害者関連の諮問団体として認知されています。
DPI日本会議は、1986年に日本におけるDPIの国内会議として結成されて以後、障害者の人権の確立にむけて必要な諸活動を展開しており、身体・知的・精神障害、難病等の障害種別を超えて、地域生活・自立生活が実現できるよう障害者の権利実現にむけて取り組んできている団体です。
私たちは、このたびの臨時国会に提出される見通しの発達障害者支援法案について、重大な危険性を含む問題があると認識しています。
現在、明らかにされている発達障害者支援法案要綱(以下、法案要綱)における最も重要な問題点は、「発達障害者」本人が支援を必要としているにも関わらず、現行の福祉、教育、雇用等の障害者関係法律の谷間に置かれているために地域生活に必要なサービスの利用や、教育、就労等の適切な支援が受けられない状況にあるという認識にたって、今後の課題として、「谷間に置かれている」状況から障害者関係の法律全体のなかに明確に位置づけなおしていくための検討事項がまったく明示されていないことです。
特に、現行法の障害者に対する教育、福祉施策の対象者にかかわる障害の定義の見直しを経ないままで、モザイク画のように「発達障害」を新たにはめ込もうとする本法案要綱は、基本的な方法論として誤っていると言わざるを得ません。
今求められるべきことは、障害区分によって「谷間の障害者」をつくりださない障害の定義と明確な権利規定、差別が救済される法的な仕組みを備えた法律を整備することです。こうした仕組みの整備は、障害者基本法や各種福祉法、学校教育法等の改正と障害者差別禁止法の制定なくしてはありえません。
以上の基本認識にたって、DPI日本会議としての法案要綱に対する見解を提起致します。
1.目的が障害者基本法の改正の趣旨と逆行している
(1)前通常国会(本年6月)において採択された障害者基本法の改正の趣旨では、「障害者の自立と社会参加の一層の促進を図るため、基本的理念として障害者に対して障害を理由として差別その他の権利利益を侵害する行為をしてはならない」旨を規定しています。しかし、法案要綱の目的((第一 総則−1)では、「自立と社会参加」の支援は一言も明記されず、「円滑な社会生活の促進」のために「発達障害児を早期に発見し、発達支援を行うこと」が前面に出ています。まさに法案要綱は、旧心身障害者対策基本法(1970年)でもっとも強調されていた「障害の早期発見と予防」と合致する考え方に陥っており、問題が発生した時の対処療法的な「対策法」の枠組みにとどまっています。
(2)法案要綱が「対策法」の枠組みにとどまっているままでは、障害を理由とする差別の禁止と権利を擁護するための法的整備の検討作業と法案要綱が無関係なものとなってしまう可能性が強くあります。
2.不明確な定義による障害認定と権利性の不在
(1)法案要綱の定義(第一 総則−二−1)では、この「発達障害」が、どういう基準で認定され、そのことによって現行の教育、福祉関連法等においてどのように位置付くのか不明確です。法案要綱では、「発達障害」を「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害」とし、政令で定めるとしています。
(2)障害者基本法の定義(第2条関係)では、「この法律において『障害者』とは、身体障害、知的障害又は精神障害(以下「障害」と総称する)があるため、継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者をいう」とあり、生活上の「制限を受ける者」という考え方は示されていますが、最初に心身機能上の障害を列挙しているために環境的要因との関係が曖昧にされて個人モデルの枠内にとどまり、心身の機能障害に重点をおく「医学モデル」にとどまっていることは明らかです。こうした「医学モデル」では、「障害者の範囲」の問題として、障害がインペアメント(心身の損傷または欠損)による医学的基準によって認定(特定)されるために、基本的には生活上の「困難さ」や制限の度合いに応じて障害等級が決定され、それに対応する福祉サービスが限定的に提供される結果、こうした対象者の範囲は必然的に狭く認定されています。
(3)今後の課題として、自立と社会参加を阻んでいる環境的要因から障害の定義を明確にし、その環境的「要因」を除去していくために必要な支援サービスを受ける権利が明記されていく必要があります。本人の自立と社会参加を阻む環境的「要因」を除去することの必要性は、本質的には「心身の機能障害」も「脳機能の障害」も同じ文脈のもとで考えられるべきものです。
(4)法案要綱(第三 発達障害者支援センター等)では、「発達障害児の早期発見、早期の発達支援等に資する」ために「専門的な相談に応じ、助言を行う」ことが述べられていますが、地域生活における必要な支援サービスについては触れられていません。この点は、前記(3)の障害の定義と範囲にかかわる基本的な問題であり、法案要綱が生活支援に必要なサービス法としての機能を持ち得ていないという限界があります。
(5)障害認定については、仕組みの透明化、専門家による説明責任の明確化、本人の請求と同意に基づくすべての情報の公開などを権利擁護仕組みの出発点として位置づける必要があります。法案要綱には、障害者の権利を規定した条項はありません。そのような中で、権利擁護をうたっても差別に対する救済になりえないことは明確です。
3.問題の多い早期発見と早期予防対策
(1)この法案要綱の全体に流れているものは、「発達障害」として定義されるものの早期発見と予防対策の体制づくりにあります。法案要綱(第二 発達障害児の早期発見及び発達障害者の支援のための施策−一−1)では、1歳6か月児健康診査及び3歳児健康診査、就学時の健康診断で早期発見に努めようとしています。現在の健康診査や就学時の健康診断は、障害児を他の子どもたちから分離し、特殊教育の分離・別学体制を支えるものとして機能しています。「発達障害児」を新たに加えることは、共に育ち、生きる社会づくりとは逆行することに他なりません。
(2)またこの業務にあたる保健士等の専門家が、障害はあるべきではないものとし、子ども個人に対する治療や訓練を強調、強制するならば、障害をもつ子どもの親及び本人の障害理解を妨げる危険性があります。そもそも、状態の変わりやすい幼年期に「発達障害」というラベリングを用いることが有効な支援に結びつくのか大いに疑問があります。むしろラベリングによって、偏見や差別を助長してしまうこと危惧します。
(3)法案要綱は、健康診断等や各機関で取り扱われる個人情報についての取り扱いについて、プライバシーの保護という視点が欠如しています。あらゆる個人情報は、本人または親、養育者が承諾することなく外部に出すことは許されません。プライバシー保護の仕組みのない各関係機関の連携は、重大な人権侵害につながることが想定されます。
4.支援という名の監視・管理体制
(1)法案要綱は、障害者を「犯罪を犯しそうな人」としての監視・管理体制することが、強調されています。法案要綱(第一 総則−三−4)では、「犯罪等による発達障害者の被害及び発達障害者と社会とのあつれきを防止するため」とし、さらに「警察、消費生活に関する業務を担当する部局その他の関係機関との必要な協力体制の整備を行うものとする」となっていますが、被害者としての支援というよりも「犯罪を犯しそうな人」としての予防的な支援が全面に出ているといわざるを得ません。これは支援という名の監視・管理体制になりかねない危険性があります。
(2)また支援法の支援の中身が具体的ではないばかりではなく、学校、職場、地域社会など生活環境を含めた総合的な支援ではなく、対象者の本人だけが取りざたされていることも問題です。「発達障害」児・者としてのレッテルを貼り、子どもから大人まで「部局の相互の緊密な連携」によって監視・管理しようとすることは、支援とはいえません。
5.地域生活支援の不在
(1)法案要綱(第二−七)では、「地域での生活支援」では、「地域生活への適応のために必要な訓練を受ける機会の確保」とありますが、障害者個人を社会に適応させるべきではなく、そのための訓練は不要です。そもそも、障害者は地域で生活する権利をもっています。
(2)法案要綱では、介助サービスなどを含む福祉サービス、障害者雇用に関する各種助成金制度の利用、障害基礎年金などを受給などが保障されていないことは問題です。地域生活を送る上で必要となるサービスを本人のニーズに基づき利用できるようにするべきです。
6.法案要綱の抜本的な見直しの必要性
(1)すでに本見解の前文で指摘したように、今後の課題として、当事者本人たちが「谷間に置かれている」状況から、当事者支援に向けて障害者関係の法律全体のなかに明確に位置づけなおしていくための検討事項を明確に示すことが重要です。特に障害区分によって「谷間の障害者」をつくりださない障害の定義と明確な権利規定、差別が救済される法的な仕組みを備えた法律を整備することであり、こうした仕組みの整備は、障害者基本法や各種福祉法、学校教育法等の改正と密接な関連性をもつ障害者差別禁止法の制定なくしてはありえません。
(2)前記(1)の問題認識の観点から、障害者基本法の改正において明記された付則第3条(検討事項)―「施行後5年を目途として、この法律による改正後の規定の実施状況、障害者を取巻く社会経済情勢の変化等を勘案し、障害者に関する施策の在り方について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずる」を踏まえて、法案要綱の抜本的な見直しを早期に行うことが必要です。
以上