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第6回DPI世界会議


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第6回DPI世界会議札幌大会報告集 世界の障害者―われら自身の声

DPIとは(団体概要)

■■ DPI の成い立ちと目的 

 

 DPI−世界規模のネットワーク
 なぜDPIなのか?−DPIの信じるもの−
 DPIの目的

 

  DPI世界規模のネットワーク、DPI− 

 DPIとはDisabled Peoples' Internationalの略であり、日本語では「障害者インターナショナル」といいます。1981年、国際障害者年を機に、身体、知的、精神など、障害の種別を超えて自らの声をもって活動する障害当事者団体として設立されました。

 1981年は、国際障害者年でした。「完全参加と平等」というスローガンが大きく掲げられたこの年に、DPI(障害者インターナショナル)はシンガポールで誕生しました。日本からも多くの障害者がシンガポールに駆けつけ、1986年のDPI日本会議発足の原動力となっていきます。

 世界本部はカナダのウィニペグにあります。現在加盟団体は世界150カ国以上。 DPIは国連の社会経済理事会やWHO(世界保健機構)、ILO(国際労働機構)といった組織に対して影響力を持つ障害当事者による国際NGO(非政府組織)として、多くの活動を行ってきました。宇都宮病院事件を機に日本の精神病院内の虐待が国連でとりあげられて、精神保健法が成立したのも、DPIの働きかけがきっかけでした。

 DPIが誕生して20年になります。専門家、家族といった周囲の人々に守られるだけの存在ではなく、自分たち自身の意思・決定に基づいて生きていく、それがDPIの目指すところです。  

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  なぜDPIなのか? 

 長い間障害者は、自分を取り巻く環境の劣悪さのために、社会で生きていくことが難しい状況に置かれてきました。いまだに後を絶たない差別や隔離、そして本人を無視した一方的な保護……。そうした生き方のおかしさを指摘し、自らの声を発していくところからDPI(障害者インターナショナル)はスタートします。

 

「われら自身の声」

 DPIはそれまで障害者をとりまく問題を扱っていた団体とは、いろいろな点で異なっていました。大きくは、
障害者本人(当事者)の集まり
障害の種別(精神障害・知的障害・身体障害など)を越えた集まり
人権の問題として、社会の問題として障害者問題を考える集まり
        と言えるでしょう。ひとつひとつ、簡単に紹介しましょう。

 DPIは今、約150の国々で作られています。DPI日本会議もその一つです。
 DPI世界規約には、「障害当事者が意志決定の過半数を占める全国的な組織」がDPIになれると書かれています。DPI日本会議もそれにならって、障害者自身が意志決定の過半数を占めている団体だけを正会員として認めています。

 それは、なぜなのでしょう? 障害者の周りには多くの人たちがいます。「親・家族」の願いや思いといったものは社会の中で大事にされるべきでしょう。「専門家」と言われる人たちの意見にも貴重なものも多くあるでしょう。

 しかし、障害者が何か意見を言うと、「障害者のくせにわがままだ」と思われることが多いのも事実です。自分の思いと違うのに、周りの人たちが「先生」や「親」の意見の方を正しいと受けとめてしまうことだって、珍しくありません。「障害者だから仕方ない」と自分自身をあきらめている人だって、悲しいけれどいっぱいいます。

 でも、「障害者」として生きていくのは誰ですか? 「親」ですか? 「きょうだい」ですか? 「○○先生」ですか?あなた自身ですよね。DPIが、「障害当事者」ということにこだわるのは、「自分のことは自分で決めたい」という当然の思いです。DPI日本会議の機関紙のタイトルとしても使われていますが、「Voice of our own=われら自身の声」こそが、私たちの周りにある問題を解決する第一歩です。

「○○障害」というラベルを越えて

 DPIは、「クロス・ディスアビリティ」な組織です。 

 「クロス」は、「交差する」。「ディスアビリティ」は「障害」という意味です。「障害が交差する」とは、いったい何でしょうか? DPIは、「身体障害」「知的障害」「精神障害」という枠を取り払った活動を進めていくことを掲げています。

 そこで言われる「障害」とは、お医者さんが診断する「障害」とは違ってきます。DPIは、規約の前文で「障害は、長い間、個人の問題とみなされ、個人とそれを取り巻く環境との関係としてとらえられていなかった」と述べています。

 最初に宇都宮病院事件を紹介しました。精神病院での虐待事件の追及が精神障害者だけの団体ではない、他の障害者も多くいる団体で可能だったのは、障害を個人の問題ではなく、社会の問題としてとらえて活動しようとする団体だったからでした。これは、障害種別を越えて、「クロス・ディスアビリティ」な組織として活動する以上、当然の結果だったのです。

 「クロス・ディスアビリティ」とは、単に「身体、知的、精神の3障害を統合する」ということではありません。「クロス・ディスアビリティ」の問題意識は、障害を社会との問題としてとらえることにあるのです。

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  DPIの目的 

DPIの目的

   すべての障害者の機会均等 と 

   障害者組織の発展と支援による権利の獲得

 機会均等とは物理的障壁、住宅・交通、社会的援助・保健サービス、教育や労働の機会、スポーツやレクリエーションの施設を含めた文化・社会生活といった社会の全体的機構をすべての人が利用できるようにしていくプロセスを意味します(「DPIマニフェスト」より抜粋)。これは社会中でいかなる障壁も感じないで生きていくことだと私たちは信じています。

 

「恩恵」より「権利」、「保護」より「自立」

 DPIの規約前文では、「社会のすべての体系が障害のある人に開放されなければならない」とあります。「障害者福祉」という言葉があるように、障害者の問題は常に恩恵的な「福祉」の視点から語られてきました。確かに福祉も社会を作っていく上で大事な要素です。

 しかし、障害者への福祉は時として一方的な保護を招いてきました。施設に隔離されてひどい生活を強いられても、「福祉」という名前が付くだけで社会が認めてきてしまった歴史があります。

 地域に生活しても、たとえば「車いす専用のエレベーター」のように、障害者を取り巻く多くの社会資源が「福祉サービス」として提供されています。そして「福祉には金がかかりすぎる」と言われ続けています。こうした社会では、「障害者の意志」「障害者の権利」といったものは全く尊重されていません。

 人の一生は福祉だけでは作られない、自らの権利を獲得しなくてはいけない、という当たり前のことを自らの声として主張してきたのがDPIという組織です。こうした声を受けて、国連では93年に「障害者の機会均等化に関する基準規則」を策定しました。ここでは、「福祉分野」としてではなくて、権利の問題として障害者問題全般を取り上げています。たとえば、アクセシビリティ、教育、家庭生活、就労などの分野が含まれています。

 

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